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| 渭城朝雨浥軽塵 |
渭城(いじょう)の朝雨軽塵(けいじん)をうるおす |
| 客舎青青柳色新 |
客舎青青(せいせい)柳色(りゅうしょく)新たなり |
| 勧君更盡一杯酒 |
君に勧む更に尽くせ一杯の酒 |
| 西出陽関無故人 |
西の方陽関を出ずれば故人無からん |
今から40年も前、高校の漢文の時間に諳(そら)んじた漢詩だ。「春眠暁を覚えず……」などと一緒に、深い意味を考えもせずただ口ずさんでいただけだが、三つ子の魂何とやらで、40年を過ぎた今でも不思議と良く覚えている。特に、「君に勧む更に尽くせ一杯の酒」の一節は、友と別れるときの心情がよく出ていて私は好きだ。と言うよりは、これを学んだ高校時代には「一杯の酒」が持つ不思議な力が理解できずにいたのだが、酒を嗜むようになり、しかも同級生達がぽつりぽつりと歯が抜けるように鬼籍に入るこの年齢になってくると、酒に込められた作者の気持ちが良く理解できる。酒には心を癒す力があるのに違いない。
ずっとそう思ってきた。そして今もそう思っている。ところが、余計なことをしてくれる人がいるもので、「やけ酒は、心の傷を癒せない」という気になる発見をした人がいるのだ。それがホントだとしたら……、そりゃまずいよ!
飲兵衛にとって口実の一つが減ってしまう有り難迷惑な発見をしたのは、東京大学教授の松木則夫さんたちだ。彼らはネズミを使った実験で、嫌な出来事を思い出しながら深酒すると、酔いが醒めても忘れるどころか却って嫌な記憶が強くなる、ということを発見したと報じられている(2008年3月7日、朝日新聞朝刊)。あのネズミが快く実験に応じたとは思えないし、あくまでもネズミを使った実験にすぎないのだが……。
もし、仮に、ヒョッとして、万が一にも、この実験結果が人間に当てはまるとすれば、――そうあって欲しくはないのだが――、やけ酒をすると嫌な思いは益々強くなって、「心の傷を癒せない」ということになってしまう。確かに、泣き上戸は最初に深酒をしたときの"涙が出るような悲しい体験"が甦ってきてそうさせるのだ、ということを聞いたことがある。そうだとすれば、先生達が発見した成果も、"喜んで"とはいかないまでも納得はいく。
やけ酒は「自棄酒」と書くことから分かるように、正気のときには誰もが身にまとっている「周囲の期待に応えようとする心の葛藤や羞恥心」を棄てさせてしまう。そして、酔うほどに、深層にある本心をむき出しにしてしまう。むき出したことで嫌な思いが記憶から消え失せてくれればいいのだが、そう上手く事はいかないらしい。
やけ酒ではないけれど私などは酩酊すると記憶が飛んでしまうことが度々あるが、先生達の研究成果が正しいとすれば、"忘れようとした嫌な思い"が飛んでしまうことはなく、脳にはより深く記憶されてしまうことになる。つまり、「二日酔いがひどくなければ」の条件付ながら、次の日もまたやけ酒をあおりたくなってしまう、ということだ。これでは悪循環だ。下手をすると、いずれはアル中になってしまう。コワイ!怖い! やけ酒には"ご用心ご用心"だ!
そう言えば、三国志の英雄「張飛」は「泥酔していて寝首をかかれた」と伝えられているし、酒好きで有名な唐代の詩人「李白」も船に乗っているときに酔っ払っていて「水面に浮かぶ月を捕まえようとして溺死した」との説があるように、英雄や偉人といえども深酒が災いして最後を迎えている人も少なくない。
中国ばかりでなく日本にも深酒が祟って身を滅ぼした話が結構ある。真偽の程は定かではないが、出雲神話に出てくる八岐大蛇(ヤマタノオロチ)がその筆頭だろう。酒に酔って寝込んだところを、須佐之男命(スサノウノミコト)に退治される大蛇の話だ。誰かをモデルにしたのか、或いは全くの作り話なのか知る由もないが、多分朝廷に刃向かう酒好きな豪族がいたのではないだろうか。また、これも真偽の程は定かではないが、確か桶狭間の戦いで織田信長の奇襲に敗れた今川軍も酒宴の寝込みを襲われた、と昔の映画で見た記憶がある。酒には、酔っ払っている一時だけではあるものの、危機管理中枢を麻痺させる効能、イヤイヤ、麻痺させる副作用があるのに違いない。
子供の頃良くラジオから流れていた浪曲、江戸末期のヤクザ同士の抗争を描いた天保水滸伝に登場する「平手造酒(ひらてみき)」なども、――名前からして酒好きだと分かるが――酒のために身を持ち崩し、折角千葉道場で磨いた剣の腕を生かすことなくヤクザの用心棒となって破滅へと向かってしまう。さしずめ、立派なアル中だったに違いない。
もう一人、飲兵衛といえばこの人だろう。庄助さんだ。民謡「会津磐梯山」の囃し文句で「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで……」と歌われ、私の愛すべき理想像と憧れている小原庄助さんも、結局身上を潰してしまう。尤も彼の場合は、辞世の狂歌で「朝によし、昼はなおよし、晩によし、飯前飯後、その間もよし」と詠ったといわれる程根っからの酒好きで、憂さ晴らしの酒ではなかったようだ。ただ、朝から飲んでいたのでは仕事をする気にもならないだろうし、身上を潰してしまうのも良く分かる。
こうしてみると"やけ酒"ばかりでなく、心を癒すつもりで、或いは百薬の長のつもりで飲んでいる酒も、過ぎたるは及ばざるが如し、とならないようにする固い決心(?)が必要のようだ。そうは言っても、
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世の中は 酒と女が 敵(かたき)なり |
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どうか敵(かたき)に めぐり会いたい |
と蜀山人(大田南畝、1749〜1823年)が詠んでいるように、飲兵衛の固い決心ほど当てにならないものはなさそうだ……。
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