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4月20日(日曜日)の金沢は久しぶりに晴れ間が広がり、朝から絶好の散歩日和になった。気温も今年初めて20度を越え、ついひと月前までコートの世話になっていたのに、少し動くだけで汗ばんでしまう。北陸から北の地方へも、待ちに待った本格的な春がやっとこさ北上し始めたのだ。このまま順調に行けばゴールデンウィーク明けには北海道でも桜の開花があるな、と思っていたら今年の春は随分せっかちとみえ、20日以降何と札幌でも20度を超える日が続き早くもソメイヨシノの開花宣言が出されたという。日本海から張り出した高気圧の影響らしいが、それにしても早い。大分スピード違反をしているに違いない。
しかしそのお陰で本格的な春が日本列島全体を一気に覆い、山陰から北の日本海側や北海道など雪国では、長い間低く垂れ込めていた雪雲があったことさえスッカリ忘れさせてくれている。いよいよ外に出かけることが楽しみな季節となってきた。しかし6月の声を聞くと、稲作にも夏を迎える準備としても欠かせない梅雨空が徐々に広がり、折角の散歩も暫くお預けとなってしまう。自然の花も濡れるのが苦手なのか、それまでの凡そ1ヶ月間で沢山の花々が濡れまいとでもするかのように次々と咲き誇り、「目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ」と詠われる新緑の季節が日本列島を覆うようになる。芽吹きの季節の到来だ。秋とともにこのひと月余りが散歩や野山に出かけるには最適の季節で、山野草の花々や木々の新緑が持つ"美しくも伸びやかな生命力"を大いに楽しむ事ができる。
私も20日の日曜日に何ヶ月ぶりかで散歩に出かけ、絶好の日和を存分に楽しませてもらった。今回は、私が良く歩くルートの中でエクササイズコースと秘かに命名している、かなりきつい上り坂のあるコースを選び、カメラ片手に散策してきた。途中浅野川の川べりを凡そ1q程歩くのだが、石積みの僅かな隙間のそこかしこに咲く"小さな春"を見つけ、可憐ではあるがその逞しい生命力に圧倒されてきた。
今回は、その可憐で逞しい花たちを紹介しよう。エクササイズばかりに気を取られていると見逃してしまいそうなくらい小さいが、殺風景な石積み護岸に彩を添え、散歩する人達に憩いのひと時を与えてくれる花々だ。

スミレサイシン
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セイヨウタンポポ
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カタバミ |

アカカタバミ |
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ヒメオドリコソウ
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ワスレナグサ |
如何だろう。赤紫、黄色、水色と彩りも鮮やかではないか。それぞれの花の大きさはセイヨウタンポポ以外皆1pにも満たない小さな花だが、鮮やかさにおいては決して見劣りがしない。しかも、石積の隙間に慎ましやかに咲く様は、なかなか風情があってよろしい。
こうやってみると、護岸の石積みでひっそりと咲くこんな小さな花でも、愛でる人にとっては愛おしいものだ。ましてや、自分たちの街を花で飾ろう、亡くなった友を偲んで、との思いで植えた人たちにとって、花への愛着が人一倍あることは誰でも分かる事だ。しかし、前橋でチューリップ約1千本が切られたことを皮切りに、植えた人達の心を踏みにじるように各地で大切に育てられた花々が荒らされている。嘆かわしい事だ。日本人の心は何故こんなにも荒んでしまったのだろうか?
家庭や学校の教育に、そして政治に原因があることは疑いの余地はない。こういった破廉恥な事件が起きないようにするためには、一体どうしたらいいのだろうか? これだけで問題が片付くとは決して思っていないが、全国一斉の学力テストや小学校からの英語教育導入に力を入れる以上に、可憐な花を付ける山野草を「雑草」と一言で片付けてしまわない教育、自然を愛でる教育が、子供の時代にたっぷりと必要なのではないだろうか。そういった意味では、天気の良い休日の散歩を手軽な実践教育の場として利用してみては如何だろう? 今だったら、ちょっとしたところで"小さな春"を見つけられる筈だ。
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