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『世界にリレーされたものは?』

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2008年04月30日

日本での聖火リレーが何とか無事終わった。26日(土曜日)に長野市で行なわれた北京オリンピックの聖火リレーが、多くの日本国民が注目する中、3,000人余の警察官と二人の中国人聖火警備隊(セキュリティーランナー)に守られるという異様な厳戒態勢ではあったものの、80区間18.7kmを無事リレーされた。ただし、無事といっても何事も無かったわけではなく、中国人とチベットを支援する人達の間で小競り合いがあったり、トマトを投げつけられたり、或いは沿道から飛び出したりして6人が逮捕されたという。しかし、騒然とした雰囲気であったにも拘わらずその程度の逮捕者で済み、尚かつ怪我人が多数出るような大きな乱闘騒ぎにならなくて良かったと、当事国の一国民として安堵している。

 

聖火ランナーには野球日本代表チームの星野監督や陸上の末續選手、マラソンの野口みずき選手、水泳の北島選手など北京オリンピックでの活躍が期待されるアスリートも多く、彼らを沿道から声援しようと全国から8万人を超える人達が詰め掛けたという。しかし、尋常ではない警備の下に行われていたこともあり、沿道から聖火ランナーをじっくりと見ることは勿論、ランナーから沿道の人達の顔を確認する事もままならなかったようだ。有名人を一目見ようと集まった人々にとっては、残念な聖火リレーだったに違いない。また、地元にとっても様々な思いでこの一大イベントを迎えたようだ。

当初スタート地点に予定されていた善光寺が使用を拒否したり、商店街の中には聖火リレーが終わるまでシャッターを閉めた店もあったりと、地元では歓迎ムードばかりではなかったと報道されている。本来は歓迎されるべき聖火リレーが地元にとってこんなに迷惑がられるようではいけない。「聖」という字が付く意味がどこかに飛んでしまっている。

 

今回の北京オリンピックの聖火リレーは、これまでのオリンピックには見慣れなかった異常な様相を呈している。ギリシャでの採火から始まって、日本に来るまでにリレーされてきた世界各地で、チベット人やチベットを支持する人達によって聖火リレーを阻止しようとする騒動が起きている。そして、その騒動から聖火を守ろうとして――日本でもそうだったが――リレーの各地に大同集結している中国人の姿が世界中に流されている。その映像を見ていると、中国人のその集団が大きな集団であるがゆえに、一層その騒動を掻き立てているような気がしてならない。

 

聖火リレーを阻止しようとする騒動は、これまでニュースの表舞台に殆ど出ることがなかったチベット問題に世界の人々の注目を集めさせた、という意味では一定の成果があったのかもしれない。しかし、騒動が大きく報道され、そして長引けば長引くほど、チベットと中国の関係はギクシャクし、解決の道筋は逆に遠のいてしまう様な気がしてならない。加えて、その騒動への中国人の過剰とも思える反応は、中国が世界の中で異端視され孤立していくのではないかと危惧している。かつての日本がそうだったように、世界の中での孤立化は国民のナショナリズムを扇動するのに格好の道具として使われてしまう。そうならないように理性ある対応を願うばかりだ。

 

ところがインターネットには、米国の国務省が北京オリンピックに合わせ中国でテロが惹き起こされる可能性を示唆している、と益々中国人のナショナリズムを煽るようなきな臭いニュースが流れている(YOMIURI ONLINE、http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/news/topic/world/news/20080426-OYT1T00346.htm)。オリンピックでのテロといえば、1972年に西ドイツで開催されたミュンヘンオリンピックが思い起こされるが、あのような惨事――パレスチナの犯人グループがイスラエルの選手村を襲い、選手や犯人など17名が死亡した事件――が起こらなければいいが、と心配している。取り越し苦労であってほしいものだ。

 

中国が多民族国家であることは知られているところだ。しかも最近は、チベット自治区や新彊ウィグル自治区などで自治の拡大や独立を求める気運が高いと聞く。チベットでは仏教を、新彊ウィグルではイスラム教を住民の多くが信心していて、当然それらの宗教に根ざした文化・文明が花開いていることは想像に難くない。このようにそれぞれの民族が異なる文化・文明を持っていることは、それ自体素晴らしいことであるが、一方でサミュエル・ハンチントンがその著「文明の衝突」で述べているように、異なる文明は歴史的にみても衝突する危険性が高いのも事実である。

今回の騒動で「チベットでの人権侵害」がクローズアップされているが、現地に行ったこともないのでその真実を知る由もない。そこで、25年ほど前拾い読みをしたことのある河口慧海――1900年仏教の原典を求めて単身チベットに入った僧侶――の「チベット旅行記」を買い求め、今一度読んでみることにした。まだ丁度半分程度読み進んだところだが、中国とチベットの関係を示す興味深いところがあったので紹介する(チベット旅行記(三))。

 

河口慧海が見聞した当時ラサ府にあってチベットで最も崇拝されていた釈迦牟尼仏は、今から凡そ1400年ほど前、チベットの国王に嫁入りした、唐の第2代皇帝太宗の皇女「文成公主」が持ってきたものだという。文成公主によって仏教というものを知った国王は、仏教と文字の必要性を感じ、16人の英邁を仏教の母国インドに派遣した。結果、チベット文字ができ、教典も翻訳され、チベット仏教の基礎が築かれた、というものだ。

 

このように遙か昔には、政略結婚であったにせよ中国とチベットが姻戚関係にあり、平和が保たれていた時代があったことが伺える。そして、今のチベット仏教の端緒が中国の女性によってもたらされたものだということも、非常に興味深い。ましてや、その仏教が彼女の母国中国では衰退しチベットでは今も深く信心されている、ということに何か因縁めいたものを感じてしまう。

そういったことも含め、チベットと中国の今日までの関係が歴史的にどのようなものであったか、特に清朝による支配や第二次大戦後に中国人民解放軍によっての侵略と併合、或いはそれらに対するチベットの抵抗、さらには今のチベットの情勢など、情報公開の必要性を感じている。その上で、対話による未来志向での関係構築が必要だ。勿論、人権侵害があったとすれば、即刻是正されるべきだ。

 

しかし、今回世界各国にリレーされたものは、いったい何だったのだろうか。「世界は一つ」とはとても言えない、と思うのは私だけではないだろう……。

【文責:知取気亭主人】

     
『文明の衝突』

【著者】サミュエル・P. ハンチントン

【翻訳】 鈴木 主税
【出版社】 集英社

【ISBN】 978-4087732924

【ページ】 554ページ
【サイズ】 19
x 13 x 3.8 cm
【本体価格】 \2,940
(税込)
 

『チベット旅行記 (三)』

【著者】河口 慧海

【出版社】 講談社
【ISBN】 
978-4061582651
【ページ】 202ページ
【サイズ】 14.4
x 10.6 x 1.2 cm
【本体価格】 \840
(税込)


 

 

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