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『草刈と人の心理』

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2008年05月14日

5月11日の日曜日、肌寒い小雨が降る中で、毎年恒例となっている町会行事の草刈をやった。「町会行事」とは少々仰々しいが、町内にある空き地をみんなで綺麗にしよう、というものだ。ただ、草刈りを必要とする緑地は数えるほどしかなく、4ヶ所の空き地と町内を縦断している県道の街路樹周りがあるだけだ。しかも、空き地といっても猫の額ほどの所ばかりで、ラジオ体操の会場となる一番広い所でも20人ほどでやれば凡そ1時間で終わってしまう。どこも大した広さではない。

 

町会の行事としていつの頃から始まったのかよく知らないが、私たちがこの団地に転居してきたときには既にやられていて、例年年に3回実施される。時期は毎年ほぼ決まっていて、1回目が梅雨に入る前の丁度今頃、次が夏休みに入る直前の7月下旬、最後が枯草になる前の10月下旬ごろだ。その時期の決定に際しては、結構細かな配慮がうかがえる。1回目は草木が本格的に伸び始める前だし、2回目は夏休みに入って子供たちが怪我をしないようにとラジオ体操が始まる前に行われ、3回目は伸びきった雑草を刈り取って町内美化のために、という目的で夫々時期が決められている。自分たちの住む町の環境は自分たちの手で守っていくという考え方や、自己中心的になりがちな現代においてこのように協力し合って一つのことをする、ということは大変素晴らしいことだ。欲を言えば、それが地域住民の自発的な行動であれば尚更申し分ない。

しかし、どうもそうではないらしい。刈り取った草を入れる袋が金沢市からの支給品であることや、雀の涙ほどではあるが市から助成金が出るところをみると、全市挙げての美化活動の一環と考えたほうが良さそうだ。最近になってそういった市からの支援が始まった可能性も否定できないが、住民の参加状況を考えると、町会が自主的に始めたのではなく市から強い働き掛けがあって始まった、と考えるのが順当ではないかと思っている。

しかし、自主的にせよ市からの働き掛けがあったにせよ、町会挙げての草刈は、町の美化にとっても連帯感を維持するためにも、大変意義ある活動だ。ところが、こういった町内活動をやろうとするとき、必ずと言っていいほどよく耳にする問題がある。我々の町会もご多分に漏れずである。

 

この団地に転居して早いもので22年経つ。以来殆どの草刈に出席しているが、作業開始時間が朝の6時半ということもあってか、例年出席率が悪い。その上、出席する顔ぶれは殆ど同じときている。そうなると、毎年顔を合わせるメンバーは少しずつ歳を取っていき、草刈程度でもしんどくなってくる人も出てこようというものだ。必然的に、出席しない人への不満も聞こえてくるようになる。

毎年のことながら、こういった行事の計画を立てて一切を取り仕切る役員は、どのようにしたら満遍なく出席してもらうことができるか、有り体に言えば不満が出ないようにするにはどうしたら良いか、大いに腐心することになる。私が役員をした時もそうだった。しかしこれといった妙案もなく、従前のやり方を踏襲しただけだったのだが、今年はこれまでと違ったやり方を導入してくれたおかげで、劇的に出席率が改善された。

 

半強制的に全戸が参加するように、と予め各戸毎に「何時の、どの場所の草刈に参加するか」を決め、当日は出欠を取るようにしたのだ。現場に行って驚いた。出欠取りが利いたのか、「初めて参加した」と自ら公言してはばからない人も含め、草刈の現場で初めて顔を合わせる人が結構いるではないか。そんな人たちの働きぶりをそれとなく見ていると、周りに釣られてということもあるのか、脇目も振らず一生懸命作業している。どうやら、彼らも根は真面目らしい。

しかし真面目だとすると、これまでの方法ではなぜ出席しなかったのだろうか。しかも現町会長の話では、苦労した筈の役員経験者でも極めて出席率が低いという。現役員からすれば、「同じ苦労を経験しているのだからもっと応援してくれよ」との思いが強いのだが、その思いは一向に伝わらないらしい。何故なのだろうか。

 

今巷で言われている「クレーマー」や「モンスターペアレント」に代表されるように、結局自分勝手なのだろう。或いは、公共の場の管理はお役所がやるべきで、例え町内にあるそのような場所が汚れていても一般市民はやる必要がない、とでも思っているのではないだろうか。まあ、それは極端にしても、少なくとも町会の共同作業より優先すべきことがあったということだ。しかも毎回、毎回。それはいったい何だったのだろうか。

今回の出席率の良さを見ていると、さして重要なものではなかったことは容易に想像がつく。「易きに付く」とはよく言われるところだが、人間の性とは怠惰なものだとつくづく思う。かく言う私とて例外ではない。残念ながら、昔の人たちが備えていたであろう「美徳」のふた文字は、今の日本人にとって遥か遠い昔のことになってしまったのだろうか。私より年上の人たちが「初めて参加した」と自ら公言してはばからないのを聞いていると、人の心に巣くう醜さを垣間見てしまったようで、後味の悪い草刈となった。

【文責:知取気亭主人】

 


大根の花

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