いさぼうネット
こんにちはゲストさん

登録情報変更(パスワード再発行)

  • rss配信いさぼうネット更新情報はこちら
 
 

『災害と情報』

戻る

2008年05月21日

中国内陸部で発生した巨大地震によって、四川省を中心とする広い範囲で甚大な被害が発生している。5月12日午後2時半(日本時間午後3時半)ごろ、四川省汶川県――省都・成都の北西約150kmに位置する――付近を震源とするマグニチュード(M)8.0(当初発表はM7.8であったがその後修正)の大地震が発生した。震源の深さは10km、今回の地震を引き起こした断層の長さは約300km、ずれは最大13mにも及ぶ巨大地震で、20日現在4万を超える人々が亡くなったと報じられている。当局の発表によれば、まだ1万人を超える人達が行方不明者になっており、二次災害も含め最終的に死者の数は7万人を超えるのではないかと見られている。大惨事だ。

中でも、悲惨なことに沢山の子供達が犠牲になっている。凡そ6,900棟の校舎が倒壊し多くの児童・生徒が生き埋めになっている、との報道が繰り返されており、瓦礫の山となった校舎の前で我が子の名前を呼び叫ぶ親御さんの姿は可哀想で見るに耐えない。地震発生時刻が丁度授業中に当たり、多くの児童が被害に遭った。崩れ落ちた校舎の残骸に空しく掛かっている黒板が涙を誘う。「おから工事」と呼ばれている手抜き工事が倒壊の原因だ、と怒りを政府にぶつける遺族も多い。

しかし、こうした政府への怒りがメディアを通じ中国国内や世界に配信された事も含め、今回のこの大震災の惨状を外国メディアに公開した事、更には日本・ロシア・韓国・シンガポール・台湾等からの支援を受け入れた事は大いに評価できる。そして驚きでもある。オリンピックに向けてのパフォーマンスがあるとは言え、これまでの中国では考えられない事だ。

 

今回の大地震で度々引き合いに出される1976年に発生した唐山地震――同年7月28日、河北省唐山市を震源とするM7.8の直下型地震が発生し24万人を越える死者が出たとされている――では、文化大革命のころだった事もあり、外国からの支援を断るのは勿論、正確な被害状況が外国にもたらされることはなかった。軍事色の強い独裁国家では報道管制や情報統制は良くあることで、パトリック・マッカリー著(鷲見一夫訳)「沈黙の川」にも、唐山地震の丁度1年前の1975年8月7日に河南省で発生した板橋ダム決壊事故などによって20万人を超える人々が死亡した出来事が政府によって巧妙に消し去られていた時期があった、と記されている。由々しき問題だ。しかし、我々一般の日本人が伝え聞いた当時の中国情勢からすると、そういった可能性にも「ありえることだ」と頷ける。

今回の地震に対する中国政府の対応を見ていると、そういった報道管制や情報統制が厳重に行なわれていた文化大革命当時と比べると随分変わったものだ、との感慨が深い。それだけ自国の治政に自信を持ち始めた証しなのだろう。

 

翻って、同じように大惨事を被ったミャンマーはどうだろう。5月2日の夜から3日にかけてミャンマーを襲った大型サイクロン「ナルギス(Nargis)」によって、首都のヤンゴンを始めとしてエーヤワディー(イラワジ)川のデルタ地帯に甚大な被害が発生し、死者の数は7万7千人を超えたという(軍事政権の16日夜の発表)。行方不明者も5万5917人に上るという。四川大地震を上回る犠牲者の数だ。

ところが、あろうことかこの国家の一大事に、軍事政権は新憲法法案を巡る国民投票を強行してしまった。しかも、サイクロンが去ってたった7日しか経ってない日に、である。救援活動を最優先させなければいけないし、あまつさえ被害の全容もまだ把握できてない時期にやるべき事ではない。その上、欧米からの救援申し出を拒みながらである。16日になり隣国に限った救援隊の受け入れを始めたというが、もう2週間も経っている。現地では感染症の発生も報告され、被害はさらに拡大する可能性が指摘されている。被災地への外国メディアの立ち入りもまだ制限されたままだ。これは人災だ。偽政者がいかに自分たちの治政に自信が無いか、ということを端的に表しているといって良い。この様子では、国民に被害の状況は殆ど知らされていないだろう。軍事政権の暴挙としか言いようがない。

 

やはり軍事力を背景にした統治には、多くの歪みを内包している。その歪みを無理矢理押さえつけるために報道管制が行われる事になる。それはどこの国でも同じで、戦時中の日本も例外ではなかった。柳田邦男著「空白の天気図」によれば、当時の日本でも報道管制がしっかりと行なわれ、天気予報や気温などの観測データも一般への発表は禁止されていた。それは台風襲来などの災害時でも緩和される事がなかった、というからひどい話だ。

当然のことながら報道管制は実際に起こった地震被害にも適用され、日本の敗戦が色濃くなってきた1944年12月7日に発生したM8.0の「東南海地震」と翌1945年1月13日に発生したM6.8の「三河地震」は、二つの地震で2500人を超す人達が亡くなったにも拘らず、詳しい報道がされることもなく、結果的に戦争によって葬り去られてしまったという。被災者の救助は一体どうしていたのだろうか……。

今のミャンマーは戦時でもないのに、外国と戦争中だった当時の日本と同じだ。人権無視も甚だしい。被災者の人達が余りも可哀想だ。一刻も早く国際社会から差し伸べられた支援の申し出を受け入れるとともに、被害の状況を公開し、適切な対応をしないと、行方不明者の救出は勿論、感染症による被害の拡大をくい止めることが難しくなってしまう。

 

ほぼ同時期に起こった二つの大災害のニュースを聞きながら、同じアジアの国でありながら斯くも違うものかと、改めて軍事政権や独裁政権下における命の軽さを思い知らされた。

【文責:知取気亭主人】

     

『 沈黙の川 』
−ダムと人権・環境問題−

【著者】パトリック マッカリー

【翻訳】 鷲見   一夫
【出版社】 築地書館

【ISBN】 
978-4806721918
【ページ】 412ページ
【サイズ】 21.2
x 14.4 x 3.8 cm
【本体価格】 \5,040
(税込)
 


『 空白の天気図 』

【著者】柳田 邦男

【出版社】 新潮社
【ISBN】 978-4101249018

【ページ】 273ページ
【本体価格】 \1,200(税別)


 

 

戻る

 

Copyright(C) 2002- ISABOU.NET All rights reserved.