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先週8日の日曜日、歩行者天国で賑わう東京秋葉原で驚愕の無差別殺傷事件が発生した。たまたま、本当にたまたま、其処に居合わせただけなのに、何の罪もない7人の尊い命が奪われた。一人の若者が、歩行者天国にトラックで突っ込み交差点にいた5人を跳ねた上、トラックを乗り捨てると、今度はダガーナイフと呼ばれる聞きなれない凶器で次々と歩行者を刺していったのだ。相手を選ばぬその残忍非道な犯行は、日本中を恐怖に陥れ、世界に日本の治安の悪さを知らしめる事となった。一命は取り留めたものの怪我をされた方も、心の傷を負った人も沢山いる。大惨事だ。メディアでは犯行の背景について色々とかまびすしいが、身勝手な犯行で極刑に値する事を忘れてもらっては困る。模倣犯への影響も心配だ。
そして、無差別殺人の凶行に対する悲しみが未だに癒えぬ1週間後の14日土曜日、今度は岩手県南部を震源とするマグニチュード7.2の大きな地震が発生した。震度6強の激震に見舞われた岩手県南部や宮城県北部を中心として、大きな被害が出ている。震源に近い岩手県一関市では、阪神淡路大震災の凡そ5倍にもなる――観測史上最大だという――4,022ガルの加速度が観測されており、揺れの激しさを物語っている。
「平成20年岩手・宮城内陸地震」と命名された今回の地震によって、発生後4日目の17日現在、10名の死亡が確認され、未だに12名の方が行方不明になっている。230人を超すケガ人も出ている。また、震源域が山間部だったこともあり、地すべりや崖崩れなどの土砂災害が多数発生している。これにより至る所で道路が寸断され、孤立している集落も多い。迅速な救援活動に支障をきたしているのが実情だ。そして、被災した方々の多くがお年寄りであることも気がかりだ。
地震についての被害状況の全容は未だ明らかになっていないが、これらの事件・災害に遭遇し不幸にも亡くなってしまった方々のご冥福と、まだ行方不明になっている方々の一刻も早い発見と無事を祈るばかりである。そして、怪我をされた方々の一日も早い回復を念じて止まない。
しかし、"犯罪"と"自然災害"という違いはあるにせよ、何故こんなにも悲惨な事件や災害が続くのだろうか。僅かひと月余りの間に、あまりにも悲しい出来事が続いている。5月の上旬には、死者・行方不明者が10万人に届こうかという、「ミャンマーのサイクロン被害」と「四川大地震」の二つの大災害が発生したばかりだ。たったひと月で20万人近い人たちが犠牲になり、その何倍もの人たちが悲しみに暮れている。日本と外国という違いがあるにせよ、不幸にして亡くなった方々の親族からすれば、「何故あの子が!」「何故あの人が!」のやりきれない気持ちは同じに違いない。
このような災害や事件に巻き込まれた人々を「運、不運」で語ることは、関係者からお叱りを受けるかもしれないが、僅かの違いで難を逃れた人の話を聞くと、運命を分ける何かが其処に働いているのではないかと思わずにはいられない。
動物は天変地異を事前にキャッチする能力があると言われている。特に地震に対しては以前から信じられており、そういった動物の察知能力を使って地震の予知をしようという研究すらある。例えば、2年前のスマトラ島沖地震の時にはゾウが奥地に逃げ、今回の四川大地震では事前にヒキガエルが大移動をしたという。そして、火災が発生する家屋から事前にネズミが逃げ出す、などという事を聞いたこともある。
翻って、人間にはそれに似た予知能力は備わっていないのだろうか。科学的に証明する術は持ち合わせていないが、生存環境が厳しかった太古にヒトの先祖が持っていたであろう危険予知能力が現代の我々にも少しは残っているのではないか、と何とはなしに思っているし期待もしている。例えば、「何となく胸騒ぎがして予定を変更したら、難を逃れる事ができた」や「正夢」などもそういったものの一つだろう。これら以外にも、難を逃れた後で当時を振り返ってみると、「あれが"予知"だったのではないだろうか」と思われるような体験をしていた、などと良く聞く。そういったものは、やはりある種の"危険を予知する能力"、と言えるのではないだろうか。
では、あると仮定して、どのようにすればその能力を発掘し、磨き上げる事が出来るのだろうか。正直、私にも分からない。実際、あるのか無いのかもわからない。沢山の人が犠牲になっているのに、「そんな雲を掴むような、唐突で荒唐無稽な話を持ち出すのは如何なものか」と思われるだろう。
しかし、仮にそのような危険を察知する能力が本当に備わっているとすれば、そしてその能力を向上させることが出来れば、忌まわしい事件や事故に遭わずに済むのではないか。よしんば遭ったとしても、重篤な災難を逃れ軽微な災難で済ますことができるのではないか。これだけ不幸な出来事が続くと、真剣にそんな事を考えてしまう。
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