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『ノーベル賞受賞で見えたもの』

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2008年10月15日

今回は、本題に入る前に、前々回第274話「浅野川の野鳥」の訂正とお詫びをさせていただきたい。迂闊にも、コウノトリの放鳥を行った市の名前を間違え、豊岡市とすべきところを富岡市としてしまいました。兵庫県にお住まいの読者の方からご指摘いただいて、初めて気が付いた次第です。確認をしてから入力したつもりだったのですが、読者の皆様、とりわけご当地の皆様には不愉快な思いをさせてしまいました。申し訳ありませんでした。本文は既に訂正させていただきましたが、この場を借りましてお詫び申し上げます。

 

さて、サブプライムローンに端を発した金融危機が世界を席巻し、日本の株価も実体経済もグンと冷え込んできている。危機の震源となっている投資銀行や証券会社が行なってきたビジネスモデルは元々実体のない"金儲けだけ"を考えた金融システムであるからいつかは破綻すると考えていたし、実体経済で汗水流して働いている我が身としては彼らの高給を腹立たしくも思っていたのだが、いざ破綻して我々日本の国民にもその影響が見えてくると、「対岸の火事」とばかりに「我、関せず」を決め込むわけにはいかない。何とか最小限の影響にとどめようとアレコレ防衛手段を考えるのだが、禄を食んでいる公共事業が土砂降り状態から抜け出せる様子はなく、浮かんでは消える妙案はまるでバブルのようだ。これといった効果も示さないまま弾けて消える。日本全体を見渡しても、比較的堅調だった建設業以外の分野でも曇りから雨模様の業種が増えてきた。

そんな沈みがちな気分が蔓延してきている日本に、久し振りに明るいニュースがもたらされた。ノーベル物理学賞と化学賞に、4人もの日本人の名前が踊ったのだ。

 

改めて栄誉に輝いた先生たちの名前を確認しておくと、物理学賞は南部陽一郎氏と益川敏英氏、小林誠氏の3人、そして化学賞が下村脩氏だ。「アメリカ国籍を持つ南部氏はアメリカ人だ」との異論についてはその手の議論好きに任せるとして、(私の中では)日本人のノーベル賞受賞者は故湯川秀樹氏(1949年受賞)以来これで16人になる。勿論、同時に4人も受賞したのは初めての快挙だ。同じ日本人としては、首の据え替えが激しい日本政治を恥じていただけに、久し振りに胸を張って世界に誇れる出来事だ。

また、子供たちの理科離れが叫ばれて久しいことを考えると、これを契機に多くの少年少女が科学の世界に興味を示し、飛び込み、そして科学立国復活を担う人材に育ってくれる事を願うばかりだ。それには、以前から言われ続け、そしてノーベル賞受賞で改めて見えてきた"教育についての課題"を、本気になって払拭しなければいけない。そうしなければ、科学立国復活は夢のまた夢になってしまう。

 

今回の4人を入れて16人のノーベル賞受賞者のうち、文学賞の故川端康成氏と大江健三郎氏、平和賞の故佐藤栄作氏を除くと、残りの13人は自然科学系だ。そして13人のうち、受賞当時海外の大学や企業に在籍していた受賞者は、コロンビア大学客員教授だった湯川氏に始まって、IBMに在籍していた江崎玲於奈氏、マサチューセッツ工科大学教授だった利根川進氏、そして今年の南部氏と下 村氏の計5人にもなる。在籍していたところでの研究成果が直接受賞の対象となっていたかどうかは兎も角として、約4割もの人達がアメリカで研究生活を送っていた事になる。これは何を表しているのだろうか。

今年の化学賞受賞が決まったボストン大学名誉教授の下村氏は、アメリカの自由闊達な研究環境がなかったら受賞の対象となった蛍光蛋白質「GFP」の発見に繋がるような研究は出来なかった、と述べている。また、物理学賞の南部氏もアメリカの研究環境に居心地の良さを感じたからこそ、アメリカ国籍を取得したのだろう。しかし、アメリカに比べると、日本の大学や民間の研究室には、そんなに自由闊達な研究環境がないのだろうか。

そういえば、自然科学系受賞者13人の出身大学を見てみると、自由な校風を謳い文句にしている京都大学が5名と東京大学の3名を抑え最多になっているが、この辺りも大変興味深いことだ。また、益川氏と小林氏の二人が大学院時代に所属していた名古屋大学理学研究科の素粒子論研究室も、自由闊達な雰囲気があり、教授、学生の区別なく自由に議論できる風土が育まれていたという(2008年10月13日、日刊工業新聞)。

こうしてみると、世界的な、あるいは先進的な研究を成す為には、自由に意見を言い合い、議論を戦わせる事が出来る自由な研究環境が重要な要素となっているようだ。言われた事、指導された事しか出来ないような研究室は、それこそ丁稚奉公のようなもので、技能の練達には役立つかもしれないが、革新的な技術やユニークなアイデアは生まれそうもない。しかし、「出る杭は打たれる」と言われる日本社会の風土では、自由闊達な環境の研究室は極めてまれなのだろう。

 

それに関して、物理学賞の益川氏が面白い事を言っていた。受賞が決まった益川氏と小林氏が塩谷文部科学大臣を表敬訪問した際のニュースを見ていたら、益川氏が大学受験などで合格する為のテクニック指導を重視する今の教育のあり方に対し、「考えない人間を作る"教育汚染"だ。親も、実は教育熱心ではなく"教育結果熱心"だ」と手厳しく批判していたのだ。言いえて妙だ。私もそう思う。

教育行政がそう誘導したのか、日本の社会そのものが「学校の成績優秀=仕事が出来る」の図式を好んだのか、いずれにしても今の教育は記憶偏重の受験教育だ。これでは思考力は育たない。今こそ、思考力を伸ばす自由闊達な教育環境が求められている。そして、実体経済を支える基礎研究に対して、その重要性を認識するとともに、国家戦略としての経済的な支援も忘れてはならない。

【文責:知取気亭主人】

 

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