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知取気亭主人の四方山話
 

『焼き餅』

 

2009年1月14日

年が明け「新しい年になった」と思ったのも束の間で、アッという間に2週間が過ぎてしまった。本当に早いものだ。この間出張などもあって既に正月気分は殆ど残っていないものの、11日には「鏡開き」も終わり、翌12日には正月飾りなどを燃やす「左義長 (どんど焼き)」が行なわれ――近くの神社では1月15日直前の休みの日に行われるようになった――、家から正月らしさを醸し出していた飾り物が一掃されると尚更だ。これで正真正銘正月気分とはおさらばだ。と言いたいところだがそう単純でもない。

我が家では正月用に買い求めたお餅がまだ残っていて、これを"雑煮"や"焼き餅"にして食べていると、その一時だけではあるがスッと正月気分に戻ってしまう。正月ぐらいしか餅を食べないせいもあるだろう。それと、お餅を食べている姿そのものが、お正月の風景として私の脳裏に焼きついている為でもある。特に、餅を焼いている風景は、遠い昔に帰ったようで妙に懐かしい。

 

母の実家では年老いた祖父を除いて男手が無かったため、小学校の高学年ぐらいから私が餅つきの貴重な「つき手」として年末や雛祭りの時に手伝いに行っていた。そして、甘い物を苦手とする今の私からは想像もできないが、つき手の特権として振舞われる"つきたてに「黄粉」や「餡子」を付けて食べる甘い餅"が大好きだったのだ。こう見えても、ウン十年前には私もごく普通の少年だったらしい。しかし、年月が経ち自他ともに認められるようになった飲兵衛としては、こんなに好みが変わるものかと私自身もビックリしている。

そんな"甘い物好き嫌い談義"は別にして、もうひとつ好きだったのが、小さな火鉢で祖父が焼いてくれる"焼き餅"だった。中でも、醤油に少量の砂糖を溶かした"砂糖醤油"に焼きたての餅を付けて食べるのがたまらなく好きだった。何故好きだったかと言えば、"食感や味の良さ"もさることながら焼きあがるまでのゆったりとした時間の流れと、焼きながら祖父が話してくれる話が面白かったからに他ならない。そんな話の中で、今でも覚えているのが「餅焼きの極意」の話だ。祖父は、皺だらけのごつい手で餅を返しながらこんな話をしてくれた。

 

「昔から、魚は殿様に焼かせろ、餅は貧乏人に焼かせろ、と言われているんだ」

「何故?」と私が問うと、こんな風に答えてくれた。

「魚は中まで火を通すためにじっくりと焼く必要があり、殿様のようにいつも腹一杯に食べている人は食べ物に執着がなく、それができる」


  「しかし、餅は焼き過ぎるとまずくなるからほんのりと焦げ目がつく程度に焼く必要がある。その点貧乏人は殿様と違いいつも腹を空かしているから、"早く焼けないか"としょっちゅう餅を裏返し、結果的に焼き過ぎることなく両面を程良く焼くことができるのさ」

 

真偽のほどは定かではないが、私自身は「餅や魚の焼き方として当を得ている」と思っている。実際我が家でも、焦げ目がしっかりと付く位が美味しい魚は片面ずつをじっくりと焼くし、餅の焼き過ぎは美味しくないから焦げないように良く裏返す。祖父の話の通りのことをやっているのだ。

そんな話を先に思い出していたわけではないが、今年我が家では初めて卓上ガスコンロで餅を焼いてみた。そして、焼きながら祖父から聞いた話をすると、子供たちは「ふぅーん」と興味無げに聞いていたのだが、焼きあがるまでのゆったりとした時間は、昔に帰ったようで私にとっては至福の時間だった。さらに嬉しかったのが、焼いた餅が叔母の愛情と手作り感溢れるお餅だったことだ。市販のお餅とは全然違う大きさと形に、妻と私は田舎のお餅談義に花を咲かすことができたし、プクーッと膨らんでいく餅に思わず歓声を挙げてしまったのも懐かしかった。テレビもなかった昔の正月の食卓は、多分こんな話や出来事に楽しみを見つけていたのだろう。そして、生活していく為の知恵を伝えて行ったに違いない。

そう考えると、今年のこのイベントで、祖父から伝え聞いた「餅焼きの極意」を子供達に伝えることができたのではないかと思っている。次は「餅つきの極意」を、と思っているのだが、さて臼をどうしたものか……。

【文責:知取気亭主人】

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