|
2009年2月11日
先日、息子の結婚式・披露宴を予定している式場に行ってきた。今時の結婚式場では、顧客獲得に向け昔では考えられなかったようなあの手この手のサービスが行われており、驚かされることが多い。披露宴で出される料理の事前試食会もその一つだ。他の事前打ち合わせもあるにはあったが、今回の主目的もどうやらそれらしい。人間などというものは意地汚いもので、試食会の費用が式の費用の中に含まれていることは分かっていても、事前に食べることができるとなると、なんとなく得した気分になってしまい、相手に好意さえ抱いてしまう。必然的に、こま結びできつく締めたはずの財布の紐も、知らず知らずのうちに緩みがちになっている。当事者の息子たちもそうらしい。そこが狙いだと分かっていても、乗せられてしまうのだ。
そんな試食会で、担当のスタッフにちょっとした質問をしてみた。
「食べ切れなかった料理を、タッパーか何かに入れて持ち帰られますか?」
すると、「傷みが心配ですので、お持ち帰りはご遠慮していただいております」と予想通りの答えが返ってきた。どうやら、持ち帰った後に食中毒などが起こりはしないか、心配しているのだ。客商売としては納得できる点もあるのだが、もう少し融通が利かないものだろうか。思わず、「世界には満足に食べられない人たちが沢山いるというのに、まだ食べられるものを捨ててしまうなんて勿体ないですよね」と憎まれ口をたたいてしまった。担当のいちスタッフとしてはどうしようもないことは、分かっていたのだが……。
そんなことがあって「持ち帰り」が頭の片隅に残っていたところ、神様の思し召しか、2月6日(金曜日)の日本経済新聞朝刊に、「食べ残しの持ち帰り」の特集記事が載った。勿論、引き込まれるように読んだ。
記事によれば、「農林水産省によると、外食産業や一般家庭などをあわせると年間約1千9百万トンもの食品を廃棄している」という。すごい量だ。しかも、このうち5百万〜9百万トンはまだ食べられると推計されている、というから驚きだ。いったい一人当たりどれ位の食品を捨てているのだろうか。イメージしやすいように、身近なものに置き換えてみる。便宜上、730万トンがまだ食べられる廃棄食品だと仮定しよう。
すると、1日に日本全体で廃棄される可食食品は、2万トン(=20,000×1,000kg=20,000,000kg)にもなる。繰り返すが、たった1日で2万トンですよ、皆さん! 次に、計算しやすいように日本の人口を1億人と仮定すると、全ての国民一人ひとりが、毎日毎日0.2kg、つまり200グラムずつ廃棄していることになる。200グラムといえば、大き目の茶碗にご飯一杯分、中ぐらいのステーキ1枚分の見当だ。これを1年間トータルすると、ご飯は73kgにもなり――米俵1俵(60kg)より多い――、ステーキは365枚(73kg)も廃棄していることになる。恐ろしい量だ。少々荒っぽいが、「ご飯=お米」と仮定して、お米の価値に換算してみよう。10kg当り3千円が米の平均的な値段だとすると、1人1年間で約2万円もドブに捨てていることになる。1億人で、ナ、何と2兆円だ! 奇しくも、政府がやろうとしている不人気な経済対策と同じような金額になった。途方もない金額だ。本当に勿体ない!
日本では食料自給率が(カロリーベースで)40%を切るところまで落ち込んでしまっているというのに、まだ食べられる食品が、しかもこんなに凄い量が廃棄されているのは何かがおかしい。記事にも書いてあったが、そんな思いを抱くのは私ばかりではないようで、「食べ残しの持ち帰り容器を広げようとする試み」が広がっているという。容器の名前には、ドギーバッグと、洒落た名前が付いている。持ち帰る際に「犬の餌に」と言って詰めてもらうことから名付けられたというが、日本人からすると横文字でなかなか素敵な名前だ。嬉しいことに、このバッグを用意している外食店や、販売している店も増えているという。何とか日本にも定着してほしいものだ。
それには、食品を提供する店と消費者の意識改革が必要だ。例えば、くだんの結婚式場のような場合、料理毎に「どのような保管をすれば、どの程度まで傷まないでいるか」を承知しておくことが、まず持って必要だ。次に、「美味しく、安全に召し上がっていただくために、○○は本日中に、△△は×月×日までにお召し上がりください」等と書いた紙をバッグに貼り、注意を喚起しておくことも忘れてはいけない。しかし、基本的には、"勿体ない"との意識で持ち帰る人たちは、私のように持ち帰ったこと自体を忘れない限りその日のうちに食べてしまうものだ、ということも付け加えておく。
次に我々消費者だが、店よりもむしろこちらの方が難しい。今、日本で希薄になりつつある「自己責任」が求められるからだ。ドギーバッグを利用する人は、"持ち帰り食品の管理責任は自らにある"ことを認識しておく必要がある。持ち帰った食品が"傷んでいるかいないのか"、"食べられるのか食べられないのか"、それくらいは自分で判断し、責任を持つべきだ。「食べる」という行為は生きていくための基本だ。その責任を他人に押し付けてはいけない。しかし、責任を放棄し権利だけを主張する"モンスターペアレント"や"クレーマー"が増えているとの話を聞くと、「店も決断しにくいだろうな」と少々心配になってしまう。
そんなことを考えると、店の勇気ある決断と「勿体ない」の感覚を持った賢い消費者の行動が、「お持ち帰り」浸透の鍵を握っていることが分かる。そういう意味もあり、これからもダメ元承知で、「持ち帰りたいんですが」の一言をかけていきたいと思っている。頑張るぞ!
【文責:知取気亭主人】
 |
ネコヤナギ |
|