|
2009年3月4日
金沢市に「飛梅町(とびうめちょう)」という珍しい町名のところがある。2000年(平成12年)4月1日に復活した旧町名で、国の名勝に指定されている兼六園から歩いて2、3分、市のほぼ中心部に位置している。江戸時代に加賀藩の重鎮――加賀八家のひとつで禄高1万8千石の――前田但馬守の下屋敷があった場所で、その前田氏の家紋「角の内梅林」にちなみ、明治になって「飛梅町」と命名されたという。
その後、1964年(昭和39年)に新しい住居表示として「石引三丁目」に改められた。そして、再び「飛梅町」として復活したわけだが、今頃の季節になると毎年全国ニュースに登場する、有名な太宰府天満宮の飛梅とは、特段の関係はない。その飛梅町に、今から110年前に建立された古い校舎を利用して、戦前戦後の市民の暮しに使われた道具を展示している博物館、「金沢くらしの博物館」がある。
その博物館で、2月7日から4月5日まで、開館30周年の記念企画展として「雛飾り展」が開かれている。先日、テレビのローカルニュースでその「雛飾り展」のことが流れ、これまで見たこともないような雛飾りや「内裏雛の男雛と女雛の位置がある時期から逆になった」など雛人形にまつわる興味深い情報が展示されていることを知った。綺麗な雛飾りが映し出されているテレビの画面を見ているうちに、それまで眠っていた"知りたがり虫"がムズムズと動き出した。この虫を治めるにはこの目で確かめるしかない、ということで先日の日曜日、早速博物館に行ってきた。
展示されている雛飾りは、ほとんど初めて目にするようなものばかりだ。写真でお見せできないのが誠に残念だが、神社の社に似たてた立派な建物模型の中に内裏雛が飾られている、「御殿飾り」との名前が付いた豪華絢爛な雛飾りもある。私の目線が高いせいか建物の中に飾られている内裏雛のお顔が見えないものもあるが、その全てが明るい色使いの雛飾りで、「さすが女の子のお祭りだ」と感心することしきりだ。そんな中、先ほども触れた「内裏雛の男雛と女雛の位置」に関する説明書きが添えられている雛飾りがあった。
その説明書きに拠れば、「それまでは左側(以下、"向かって右"と記す)に男雛が立っていたが、大正天皇即位のときに西洋の慣わしに倣い右側(以下、"向かって左"と記す)に立ったことから、以来雛飾りでも女雛が向かって右に、男雛は向かって左に飾られるようになった」とある。日本伝統の文化だと思っていたひな祭りに、西洋式の考え方が入っていたとは驚きだ。早速、調べてみると、ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/)にも、同じような説明がされている。また、社団法人日本人形協会のホームページによれば(http://www.ningyo-kyokai.or.jp/sekkukazari/hina.html)、昭和天皇の即位以来、男雛を向かって左に飾るのを「現代式」、向かって右に飾るのを「古式」としているという。どちらにしても、大正か昭和になって飾られる場所が変わったということだ。
しかし、繰り返しになるが、雛飾りに西洋文化が反映されているとは、本当に驚きだ。尤も、五人官女の並び順、左大臣(髭のある方)と右大臣の左右、あるいは飾り物の「左近の桜、右近の橘」の位置は変わらないらしい。どうやら、位置が変わったのは内裏雛だけで、内裏雛が宮中の内裏での並び方を模していることからくるらしい。
日本では、「向かって右」が上の位と考えられていたこともあって、西洋式の考え方が入るまでは、長い間、向かって右に男雛が、向かって左に女雛が飾られていたらしい。では、西洋の考え方ではどちらが上位なのだろうか。西洋の礼儀だとされているレディファーストが女性を尊敬する思いの現われだとしたら、そしてイギリスなどでの国王と女王の慕われ方の違いを見ていると、どうやら西洋では"女性が上位"だということになりそうだ。だとすると、男と女のどちらが上位かの違いはあるにせよ、西洋も昔の日本と同じで、位置としては「向かって右」が上位ということになる。
では、現代の日本ではどうだろう。「戦後強くなったのは女性とストッキング」と言われるように、最近の日本人女性は本当に強くなった。色々な意味で頭が上がらない男性諸君も多いだろう。そういう意味では、名実ともに「向かって右に飾られる権利」は女性が持っている、といっても過言ではない。長生きの権利も、財布の紐の権利も持っているようだし……。
話があらぬ方向に飛んでしまって申し訳ないが、「右か、左か?」の話題といえば、昔、こんな笑えない話を――読んだのかもしれないが――聞いたことがある。日清・日露の戦争のころ、戦死する兵隊を何とか減らそうと考えた軍医が、生き残って帰ってきた兵隊に、「貴様は右か左か?」と詰問し、とあるデータを集めたというのだ。その結果、記憶は定かでないのだが、確か「左の兵隊が生き残る確率が高い」ということになり、以後出兵する兵士に「生きて帰りたければ左にしろ!」との命令を出したという。
「右か、左か?」で生死が別れるとは、分かりやすいといえば分かりやすいのだが、随分と乱暴な話だ。エッ、何のことか、ですって? 雛祭に似つかわしくないのであまり大きな声を出せないのだが、男性のシンボルを褌の中で中心より左側に納めるか、右側に納めるかということなのだが……。男性諸君! 左側ですぞ!
【文責:知取気亭主人】
|

紅梅(菅原道真とは関係ない)
と「金沢くらしの博物館」 |
|