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2009年3月11日
まだ雪や冬の寒さと格闘している北国の人たちには申し訳ないが、啓蟄(3月5日)の声を聞いた途端に、金沢もめっきり春めいてきた。ご近所の桜も、通勤途中で目にする兼六園の桜も、花芽が膨らみほんのりピンク色になってきた。本格的な春がすぐそこまでやって来ていることを、いつものように奥ゆかしく告げている。そうなると気になるのが開花予想だが、気象台の発表によれば、金沢では4月1日だという。もう少しの辛抱だ。あと少しで"冷たい雨と雪に悩まされることもなくなる"、と考えると本当に待ち遠しい。
その待ち遠しさが気分を高揚させるのか、人間に進化する遥か昔の遺伝子が私の体に残っているのか、不思議なもので啓蟄の声とともに、暫く途絶えていた散歩を無性にしたくなってきた。そんな気持ちに素直に従い、しかも暖かな散歩日和になったこともあり、晴れ間の広がった7日、8日の両日、久し振りに浅野川河畔を歩いてきた。かれこれ5ヶ月ほどのご無沙汰だったが、景色を楽しみながらの散歩はやはりいいもんだ。しかも、北陸の冬の必需品である傘も防水性に優れた防寒着も必要なく、尚且つ重たく散歩には不向きな長靴を履くこともないとなると、同じ散歩でも気分が晴れ晴れとする。その上、堤防の枯れた雑草の中に緑色が目立つようになってきているのを見つけると、たかが雑草ではあるけれど、なんとなくウキウキとさせてくれるから不思議だ。
目に入る景色も白黒から総天然色の世界に変身中で、まだ咲いている種類こそ少ないものの、目に鮮やかな花が、退屈になりがちな散歩コースを彩ってくれている。中でも目を引くのが、街路樹として植えられ、今を盛りとばかりに咲き誇っている椿(ヤブツバキ)と山茶花(園芸品種?)だ。山茶花の中には散り始めた木もあるが、椿はまだ蕾を一杯に付けている。どちらも、赤〜桃色の明るい鮮やかな色の種類が植えられていて、早春の風景の中でひと際明るさを振りまいている。花が少ない時期だけに、散歩する人にとっては、目の保養をさせてくれる大変貴重な風景だ。散歩コースの街路樹として選んだ関係者に、大きな拍手を送りたい。
しかし、植えられている椿と山茶花は、どちらも似たような花の色と葉の形をしており、しかも樹高も同程度に剪定されているので、パッと目には見分けが難しい。「なんか違うみたい!」と疑問を持たなければ、見分ける必要もないのだが、一旦「違う花だ」と知ってしまうと、自分でも見分ける術を知りたいというのが人情だ。そして、その術を知識として仕入れると、誰かに披露したくなるのも、これまた人間の性だ。
そんな知ったかぶりの性を、私もタップリと持ち合わせている。7日の土曜日、一緒に散歩していた長女に「あれが椿で、これが山茶花」と説明すると、「どこが違うの?」と期待していた質問が返ってきた。咽まで出掛かった「椿が"都はるみ"で山茶花が"大川栄策"」のお寒い冗談はかろうじて封印し、「ここで親の威厳を示さなければいけない」とばかりに、以前ラジオから仕入れた耳学問をしたり顔で披露した。
「椿と山茶花では花の散り方が違うんだ」
「ヘ〜、そうなんだ!」と娘。
「椿は花ごと散るのだけれど、山茶花は花びらが1枚ずつ散るんだ」
「ほら、これが椿で、あれが山茶花さ」
と、落ちた花を指差しながら説明すると
「アッ、本当だ!」
と娘も納得の様子だ。

花ごと落ちた椿の花 |

花びらが1枚ずつ散っている山茶花 |
どうしてこのような散り方をしているのか、散ってしまった花のどちらに聞いても答えて呉れそうもない。しかし、咲いている姿は大して変わりないのに、散り方には随分と違いがあるものだ。花の基部で花弁などが合着しているか否かによるらしいが、一般的には山茶花と同じ散り方をする花が多いように感じている。椿のように花ごとポトリと落ちる花は他にあるのだろうか。どちらかといえば、椿の散り方に「潔さ」を感じるのだが…。
ところで、自由民主党総裁である麻生総理と二大政党政治を狙う民主党の小沢代表は、どのような"散り方"、オッと失礼、どのような"引き際"を見せるのだろうか。どちらも、国民の評判は下り坂だ。二人の政治生命に陰りが見え始めているだけに、その引き際が気に掛かる。椿が見せる潔い散り方を期待しているのだが、最近のニュースを聞いていると最早そんな状況にないのかもしれない。
因みに、赤色の椿の花言葉は「美徳」や「気取らない美しさ」などで、山茶花は「謙譲」や「ひたむきな愛」などだそうだ。どちらも政治家には似つかわしくないが、さてどうなることやら……。
【文責:知取気亭主人】 |