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知取気亭主人の四方山話
 

『オフレコ発言の波紋』

 

2009年3月18日

政府高官のオフレコ発言が物議をかもしている。尤も、発言が記事になってから1週間以上も過ぎた今の時点では、既にオフレコではなくなってしまってはいるのだが……。物議の本は、政治献金に絡んで政界を揺るがしている「自民党側は立件できない」発言だ。「政府高官などと名前を伏せないとできない責任逃れの発表などするな!」と腹立たしく思っていたのだが、意外なことにあっさりと名前が公表された。

この「政府高官」、これまでも時々耳にしていた表現だが、我々一般市民にとっては一体誰のことやら一向に判らなかった。しかし、関連業界では誰の事を指すのかは常識の範疇らしい。NHKラジオの情報によれば、「政府高官」とは報道業界用語で官房副長官や省庁の局長を指すという。したがって業界の人たちは、今回も「政府高官」と聞いただけでピンと来たらしい。因みに、高官ではなく「政府首脳」とは官房長官のことだとか。

どの業界にも一般市民には分からない業界用語があることは承知しているが、政治に関する業界用語が責任逃れとしか思えないオフレコ発言の温床となっているとすれば、報道する側も用語の説明をしっかりとして、一般市民にも知らしめる努力をするべきではないだろうか。もっと言えば、オフレコなる秘密主義的な慣例など思い切って無くしてしまうことはできないのだろうか。

NHKラジオで放送された元記者の話では、「オフレコ」と断って行われる政府関係者の懇談は通常「背景説明」として行われているという。欧米でも同様の取材がある、と朝日新聞 (2009年3月10日、朝刊) にも書かれていたが、今回の発言内容は「背景説明」などではない。「国策捜査の証左だ!」と取られても仕方がない内容だ。もしそうでないとしたら、高官の個人的な「見解」だったのだろうか。あるいは、職場の雰囲気を「代弁」したのか、それとも捜査陣への「遠回しな圧力」だったのか、いずれにしても捜査の方針や成り行きをとやかく言う立場ではないはずだ。

「ここだけの話だけど、絶対人に言ってはだめよ! いい! 実はね……」と他人のゴシップを楽しむ"家政婦は見た"的な興味本位の内輪話、と同じ臭いがしてならない。もしそんな感覚で政治絡みの話をされたのだとしたら、国民はたまったものではない。「そんなことはない、私のひねくれた根性が嗅ぎ間違えただけに違いない」と切に願っているのだが……。

 

さて、「政府高官は彼だった」としてあっさりと名前が公表された漆間官房副長官は、政権を争っている民主党と自民党を騒然とさせ、なにやらきな臭い臭いを世間に撒き散らかしてくれたが、忌まわしい言葉も思い出させてくれた。30年ほど前、当時の田中角栄首相を巻き込み、日本の政界を震撼させたロッキード事件で、国民を唖然とさせ流行語にもなった「記憶にございません」だ。かのロッキード事件では、多くの被告がこの言葉を巧みに使い、国会の証人喚問で議員の先生たちをものの見事に煙に巻いた。そして、我々一般国民を呆れさせたのだ。でも、よく考えると、使う側にとっては大変都合のいい言葉だ。

似たような意味の言葉で「忘れました」というのがある。しかしこう言うと、「忘れたものは思い出すことができる」という意味にも取ることができ、捜査の場合は思い出すまで訊問が続くことになる。それに比べると、"記憶にないもの"は思い出すことができない。したがって、「記憶にございません」と答えると、それ以上の追及を"肩透かし"のようにかわせることになる。ある人に言わせると、どちらの表現も警察や検察では良く知られた言い回しで、「忘れました」と言おうものなら思い出すまでとことん追及するのだという。警察や検察に限らず、弁護士などディベートの達人たちは、一寸した表現の違いを突いて相手を追い込んでいくことを得意としている。そういう意味では、前警察庁長官だった漆間官房副長官にとって、追及の勢いを削ぐ答弁はお手の物だったに違いない。「記憶にございません」は、そんな経験に裏打ちされたテクニックだったのだろう。

 

ところが、漆間氏から話を聞いていた記者たちの記憶にはしっかりと残っていたから大変だ。一人の記憶を信用するか、多人数の記憶を信用するかの話になってしまったのだが、オフレコの懇談現場に居合わせた――朝日新聞 (2009年3月10日、朝刊)によれば、新聞、テレビ、通信社などの記者十数人が参加した――記者たちは覚えているのに漆間氏だけが記憶にないのは有り得ない話だ。しかも、何年も前のことではなく、オフレコ懇談が行われたのが3月5日、「全然記憶がない」と参議院予算委員会で答弁したのが3月9日だから、僅か4日前の出来事だ。その上、「隣の三毛が子供を生んだ」などのようにどうでもいい話題ではなく、国策捜査が取りざたされている微妙な話題であり、そして日本の政治を左右するような極めて重大な時期でもあるのだ。政治の中心にいなくとも、ほとんどの日本人が関心を持っている話題である。政治の中枢にいる政府高官の記憶に残らないはずがない。それとも、俄か記憶喪失になったのだろうか。テレビのニュース映像を観る限りそんなにボケているようには見えなかったのだが……。

 

「忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ……」とは、終戦直後のラジオドラマで大人気を博した「君の名は」の名セリフだが、政府高官の心も悲しみに暮れていたのだろうか。

【文責:知取気亭主人】

 

ウメ(飛梅は菅原道真を忘れなかった、というが……)

 

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