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2009年5月13日
今年に入ってずっと病院暮らしだった母が、先週やっと退院した。第12胸椎(12番目の胸椎)を圧迫骨折しての入院だったのだが、ほぼ4ヶ月振りに外の空気を吸えることとなった。主治医の話だと、通常この手の圧迫骨折の場合、早い人で一月もあれば固まるらしいのだが、母は88歳という高齢もあってか骨粗しょう症の程度もひどく、なかなか固まらなかった。また、極稀に骨粗しょう症とは関係なく固まりにくい人もいるらしく、母はどうやらその手の患者でもあったらしい。いずれにしても、入院してから急激に食が細くなったことなども含め、様々な要因が重なって4ヶ月という長い病院暮らしになってしまった。まだ多少痛みがあるというが、本人にとっても我々家族にとっても、やっと長かった入院生活ともおさらばすることができた。
ただ、晴れて退院となったことは喜ばしいことなのだが、この4ヶ月間を振り返ってみると、非日常空間であることもあってか驚かされることが多く、誰にも訪れる「老い」について改めて考えさせられることばかりだった。休日になるとは見舞いに行っていたのだが、最初の頃は主治医の先生や看護師さん達の献身的な仕事振りだけが目に付き、妻と良く感心していた。ところが、一人部屋から二人部屋、そして四人部屋へと変わっていくうちに、母と同室の人達からの"思いも寄らぬ言動"にビックリさせられる事が増えてきた。中には、思わず耳を塞ぎたくなるような、悲痛な叫びに似たものさえもあった。
そういった"言動"が思いも寄らぬものであればあるほど、不思議なことに、その人達のこれまでの人生に思いを馳せるようになってきた。すると、全くの赤の他人なのにも関わらず、妙に切ない思いにさせられることが多かった。それは、「老い」の悲しい一面を見せられているような気がしてならなかったためだ。加えて、職業とはいえその"思いも寄らぬ言動"に対して見事に対応している看護師さん達を見ていると、「老い」にはそういった支えがどうしても必要なのだと改めて気付かされる。
そして、老いてからの入院には、骨折しているとはいえ若者と違って寝たきりに近い入院生活を送らなければいけないことや、生活のほとんどを看護師の助けに頼らなければならないことなど、そういった「老い」による色々な現実がある。ところが、"思いも寄らぬ言動"に見え隠れするものは、その現実が回復・退院のためには必要なことだとしても、実は「老いた人達」の「私の望んでいることではない」という"心の叫び"ではないかと思えてならないのだ。
母が転室を繰り返した後、退院までの凡そ3ヶ月間を過ごしたのは、整形外科病棟の4人部屋だ。当然4人全員がどこかを骨折した女性なのだが、相部屋となった人達は、――殆どの人が母よりも早く退院して行った――入れ替わりに入ってくる人も含め、例外なく皆高齢者だった。見た目には母と同年代の人ばかりだったが、聴くとはなしに聞こえてくる話には、90歳を大きく超えている人もいたようだった。そういった高齢者ばかりだったこともあり、素人目にも「明らかに認知症を患っている」と分かる人も少なくなかった。母自身は多少記憶がおぼつかなくなってしまうときもあるのだが、見舞いに行った家族や病院のスタッフとのやり取りはしっかりとしていた。ところが、相部屋の人の中には、驚くような言葉を発する人もいる。
独り言なのか「助けて下さい!」と言い続ける人や、誰彼かまわず人を見つけるとは「私は何でここに入っているのですか?」ときつい口調で詰問する人もいた。また、私が部屋に入っていくと、"自分の知り合い"と思い込んでしまったのか、一生懸命話しかけてくるお隣さんもいた。このお隣さんとは、軽い気持ちで返答をしたのが間違いで、いつ果てるともない話に引きずり込まれてしまったこともある。そうかと思えば、夢でも見ているのだろうか、気持ち良さそうな吐息を立てながら、久し振りに会った息子を気遣っているのではないか、と思われる寝言を大きな声で語るお婆さんもいた。
連休の最終日に受けた"思いも寄らぬ言動"も、強烈だった。母と退院の話をしていると、母だけ退院できるのはお金を積み"ずるい手"を使ったからだ、と私を問い詰めるのだ。思わず、妻と母の三人で顔を見合わせてしまった。受け流しはしたものの、口に出したお婆ちゃんのこれまでの人生に思いを馳せると、何故だか沈んだ気持ちになってしまった。
母と同世代であるとすれば、どのお婆ちゃんも、戦中戦後の混乱期に子育てをし、日本の復興を支えてきた人達だ。食べるものも少なく物も無い、そして衛生状態の悪い中での子育てと、大変な苦労をしたであろうことは、想像に難くない。そういった気丈に生活していた昔の記憶が蘇り、彼女達の口から"思いも寄らぬ言葉"が出てくるのではないか、そう考えてしまったのだ。そう考えると、きつい言葉が出れば出るほど、苦労の多い人生を歩んできたのではないかと思えてしまう。ただ、良く考えると、その場限りで縁が切れる他人だからこそ、腹も立てずそんな風に思えるのかもしれない。毎日お世話をしている看護師さん達の奮闘振りを見ていると、介護の大変さが良く分かる。そして、介護をしている人にとっては、これまでの人生に思いを馳せる余裕など持てないのが普通なのかもしれない。
今年の母の日は、そんな「老い」の重みを考えさせられる日となってしまった。せめて、母の日セールで店先を彩るカーネーションのように、老いた人達の心が明るくなってくれればいいのだが……。
【文責:知取気亭主人】
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妻がもらったプレゼント |
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