|
2009年7月8日
日本には古くから伝えられている歳時記があり、その中の行事には、今でも我々の暮らしに大きく係わっているものが少なくない。しかしその一方で、耳にすることすらめっきり少なくなってしまったものもある。私にとっては、「半夏生(はんげしょう)」もそんな中のひとつだ。私が「半夏生」なるものがあるのを知ったのは極最近で、確か2年前だったと記憶している。NHKラジオからこの名前を耳にした時は、「変わった名前の日があるものだ」と感心したものだった。
「半夏生」とは雑節のひとつで夏至から数えて11日目のことを言い、今年は6月21日が夏至であるから、先週木曜日の7月2日がこの日に当たる。そして、この日から5日間、「半夏生」と言うらしい。なぜこう呼ばれるようになったかについては、この時期に「半夏」の別名を持つ「カラスビシャク(漢字名:烏柄杓)」という薬草が生えるから、と説明しているものが多い。
薬草は、医療が未発達だった昔の人たちにとっては、極めて大切な、そして貴重なものだったに違いない。だからこそ、その芽生えの時期を歳時記に記した、としても合点がいく。合点はいくのだが、今の暮らしに合っているか、といえば大きな疑問符が付く。そこで、この変わった呼び名の「半夏生」について少しばかり情報を集めることにした。
以前にも紹介した新谷尚紀監修の「日本人なら知っておきたい暮らしの歳時記 伝えておきたい、和の心」(宝島新書)に依れば、この「半夏生」は農作業にとって大切な目安になっていたらしく、この時期の農家の過ごし方が伝承として日本各地に残されているという。特に田植えについては、「チュウ(夏至)ははずせ、ハンゲ(半夏)は待つな」と言い伝えられ、夏至から半夏生までの時期が最も適しているとされていたらしい。
しかし、「日本各地」の中から"私が高校まで過ごした静岡県の西部地方"が削除されてしまったわけでもあるまいが、"学校が休みになる日"以外に興味がなかったこともあり、子供の頃に「半夏生」なる言葉を聞いたことも、この時期に"特別何かをした"という記憶もない。高校以降を過ごしているここ金沢でも同じだ。ところが、日本はやはり広いもので、この時期に西日本では"蛸"を食べる風習があり、福井県では"焼きサバ"を食べるという。焼きサバを食べる理由は詳らかではないが、蛸は、植えた稲が蛸の足のように八方に広がりしっかりと根付くように、との願い込めて食べるのだという。確かに、気象の長期予報が経験や感に頼っていた時代にあっては、このような暮らしの歳時記が稲作主体の日本にとって、大切な羅針盤の役目を果たしていたことは疑いの余地がない。
ところが、品種改良や農業技術の発達により、以前よりも遥かに早期栽培・早期収穫が可能になったことで、これまでの歳時記では現実に合わなくなってきたものが少なくない。例えば、北陸地方での田植えは今では殆ど5月の連休のころに行われており、「チュウははずせ……」と歳時記で田植えを促した時期よりも約2ヶ月も早い。そうなると、これまでの歳時記に記されていた行事は現実的ではなくなり、次第に人々の口にも上らなくなっていったのだろう。そうして、やがて忘れられていったのだ。「半夏生」もそのひとつだ、と私はみている。
その「半夏生」が変わっているのは、名前ばかりでなく、同じ名を頂いた"植物"が存在することだ。ドクダミと同じ科に属し、葉緑素が抜けて葉の一部が白くなるところから、別名「カタシログサ(片白草)」と呼ばれている植物だ。その白くなった葉が花よりも目立つところから、「半夏生」の響きをもじって「半化粧」とも言われているらしい。この花が咲くのが、丁度歳時記に記された「半夏生」の時期と重なるのだという。重なるから「半夏生」と名前を付けたのかもしれない。もしそうだとすれば、この時期を代表する植物ということになり、かなり目立つ植物に違いない。
そう思い始めると、どんな植物なのか気になって仕方がない。当然の流れとして、インターネットで調査開始だ。すると、どこかで見たことがある葉っぱではないか。しかも、確か我が家の近くで見た記憶がある。早速、この四方山話に載せようと、4日の土曜日、カメラ片手に思い当たる場所に出かけたのだが……。
心配していた通り、「ここだ!」と思い込んでいた場所を探すのだが、どうしても見つからない。悲しいかな、どこで見たのか一向に思い出せないのだ。結局、炎天下を1時間半余り歩き回っても見つけることができなかった。日曜日も縁がなかった。
ところが、神様は見捨てなかった。「今年はもう会えない」と諦めかけていたのだが、7月6日の夜に、ひょんなことからとある店のカウンターで鉢植えされた可憐な半夏生を見つけたのだ。本当に驚いた。写真に収めることはできなかったが、正に"一念天に通ず"だ。
ただ、天に通じてくれたのは凄く嬉しいのだが、私ひとり楽しんでしまい、皆さんに写真をお見せできないのが唯一の心残りとなった。この穴埋めとして、鬼が高笑いするかもしれないが、来年のこの時期には是非ご披露したいと思っている。しかし、申し訳ないが約束はできない。何せ、覚えているかどうか……だからだ。
【文責:知取気亭主人】 |