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2009年9月2日
今年で3回目になる全国学力調査の結果が発表された。昨年もそうだったが、都道府県別の成績が発表されると、教育現場は当然のこととして、橋下大阪府知事に代表されるように知事や自治体の首長をも巻き込んで熱く議論されることになる。既に調査対象となる適齢期の子供はいない私ではあるけれど、話題になるほど地域差があるのか、と少々気になるところでもある。小学6年生と中学3年生を対象に行われるこの学力調査、国語と――中学以上になると何故だか数学と呼ばれるようになる――算数について、知識を問うA問題と応用力を見るB問題とが出題され、夫々について都道府県別の成績が発表される。
当然のことながら、成績上位のところは気を良くするし、下位のところは悔しい思いを強くすることになる。特に、毎回下位に甘んじているところは、必然的に教育委員会や教育現場のやり方に非難が集まることになってしまう。
ほぼ子育てを終えている私は、「余り熱くならない方が良いのじゃないか」と冷めた目で見ているのだが、そうは言っても子供の成績を気に掛けない親などいない筈だから、恐らく「教え方がまずいんじゃないか?もっと成績が上がるよう教えてくれ!」と注文がつくことになる。そうなると、今年も小学校、中学校ともに下位に甘んじ、ニュースでよく話題に上る高知県や沖縄県などは、関係者の皆さん頭を悩ませていることだろう。自然の中で遊ぶことが好きな私などは、「きっとノンビリ育てられているのだろう」と羨ましくさえ思っているのだが、当事者となるとそうはいかないらしい。
一方、成績上位で良く話題に上るのは秋田県だ。今年も小学校の国語A問題を福井県に譲ったものの、残りは全て1位となっている。秋田県はなぜ毎回良い成績をとることができるのだろうか。その教育現場を取材した映像をテレビで見たのだが、一口で言ってしまえば「答えを導き出す過程を大事にする」ということだ。
解き方が分からず質問に来る生徒に教える教師の姿は、スポーツのコーチに似ていた。つまり、アドバイスはするが結果を出すのはあくまでも選手本人である、という考え方だ。したがって、解答が分からない生徒には"ヒント"を与えてやるだけで、後は本人の力で答えまで辿り着かせるのだ。一旦、答えを導き出す過程が分かれば、応用はいくらでも利くことになる。「自らの力で考える」が如何に大事かを丁寧に教えているのだ。
かのパスカルが「知能は知識に勝る」と看破したが、正にそのことを実践している。言い方を変えると、「自らの考えを持つ」ということになるのかもしれない。それは日本人の最も苦手なことのひとつだ。九九に代表されるように、日本は暗記をすれば良い点数を取ることができる試験が多く、論理的に物事を考える訓練がないがしろにされてきた感がある。秋田県の教育はそこを鍛えているのだ。
論理的に考えることは、試験で良い点数を取ることにばかりでなく、我々の身の回りで起こる事柄を的確に捉え、自らの考え方で適切な判断を下すためにも大変重要なことである。よく聞く話だが、外国人に「あなたの国の○○についてどう思いますか?」と問われて、「これまで考えたことも無かったので返答に窮した」と話す日本人が多いという。自らの考え方や意見を持たない、典型的な話だ。そんな日本人の姿を8月30日に投票が行われた衆議院総選挙に見ることができる、とは少々飛躍しすぎているだろうか。
投票前から民主党の圧勝と自民党の大敗は予想されていたが、民主党は単独過半数の241を大きく超え、308議席を獲得した。一夜明けた新聞には「歴史的な大勝」の文字が躍っている。これまで長年続いてきた自公政権に対し国民が「NO」を突きつけた、と言われている。私もそう思うし、国民の意思で政権交代が可能となった、ということ自体は大歓迎すべきことだ。しかし、何か引っ掛かるものがある。手放しで喜べないのだ。それは、私のへそ曲がりな性格によるところもあるが、「小泉劇場」と揶揄された前回の衆議院選挙と余りにも正反対の結果になったからに他ならない。
前回、「小泉さーん!」と黄色い声を上げていた小母ちゃん達は、いったいどこに消えたのだろうか。当時、小泉チルドレンと呼ばれた候補者に投票した人達は、自らの考えで投票したのだろうか。今思うと、大きなうねりに乗り遅れまいとしただけではなかったのではないか。「皆さん自民党に投票するらしいですよ」と耳元で囁かれ、政治理念や政策は二の次三の次で、「オッと遅れちゃいけない、私も自民党にしよう」としただけだった……。そんな疑念さえ浮かんでくる。
今回の選挙結果も、その時と同じ匂いがしてならない。勿論、自民党や公明党から離れていった有権者の大多数は、「自公政権絶対反対!」を心に誓い、確固たる考えで投票したのに違いない。しかし、「全ての人が?」と問われると、「流れに身を任せた人もいたのではないか」と答えたくなる。それほど一方的な結果となった。
一方的過ぎて、この結果が国民の総意だ、と言い切るには何か釈然としないのだ。次の選挙結果を素直に受け入れるようになる為にも、しがらみにもとらわれず、大きな流れに抗ってでも、自らの判断で投票ができるようになりたいものだ。その為には、秋田県の小中学校で教えている「自らの力で考える」を、我々大人も再教育してもらう必要があるのかも知れない。勿論、代議士は言わずもがなである。
【文責:知取気亭主人】 |