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知取気亭主人の四方山話
 

『ノンビリ旅が消えてゆく!』

 

2009年11月4日

10月31日、多くの鉄道ファンが惜しむ中、石川県の山間の町で、82年の長い歴史に幕を閉じた短い鉄道区間がある。金沢市の市街地に位置する「野町駅」から手取川扇状地の扇頂に開けた旧鶴来町の「加賀一宮駅」まで運行されている、地元で「石川線」と呼ばれているローカル線の一部だ。「石川線」は営業距離が15.9kmと20kmにも満たない小さなローカル線だが、旧鶴来町には白山神社の一宮である白山比盗_社(しらやまひめじんじゃ)があり、以前は初詣客を中心に参拝客が良く利用していたと聞く。このうち今回廃線になったのは、昭和2年(1927年)に運行が始まった、「石川線鶴来駅」と白山比盗_社前にある終点駅「加賀一宮駅」の末端区間、2.1kmである。

この石川線、全国的には知名度の低い単線の"典型的なローカル線"だが、真偽の程は別として、当初は霊峰白山の麓を横切り「金沢」と「名古屋」を結ぶ壮大な計画だった、と40年近く前に地元の人に聞いたことがある。私が金沢に来た昭和40年代中頃は、その壮大な計画の一端が残っていたのか、今よりもずっと山奥(白山下駅)まで延びていて、手取川の渓谷を楽しみながら電車に揺られた経験もある。しかし、その後の利用客の減少とともに「白山下駅」まで伸びていた営業距離も次々と短くなり、今回の部分廃線でついに当時の半分程度になってしまった。

 

廃線が決まり、その特徴ある「加賀一宮駅」の駅舎が新聞やテレビで報道されるたびに、「廃線になる前に是が非でもカメラに収めておかなければ」と思っていたのだが、試験前の勉強と一緒でズルズルと日にちが経ってしまった。しかし、「明日で最後」というニュースを前日に聞き、「今日しかない!」ということで、最後の運行日となった31日の土曜日、紅葉狩りを兼ね、妻と連れ立って記念撮影に行ってきた。

 



写真① 賑わいを見せる加賀一宮駅


写真② 歴史を感じさせる駅舎の看板

 

ニュースで報じられている通り、駅周辺にはカメラ片手の人達で、田舎の駅とは思えない程の賑わいを見せている。写真①の左端下に僅かに園児の集団が写っているのだが、このように最終日の記念乗車をしようとする乗客と、我々のように記念写真を撮ろうとする人達が道まで溢れ、明日から廃線になるのが嘘のようだ。駅前もさほど広くなく、車で走ってしまえば見逃してしまうほどの小さな駅だが、歴史を感じさせるそのたたずまいは、田舎然としていて気に入った。

 



写真③ 狭いホームは記念乗車の客で溢れている

 

僅かに色付いてきた山をバックに停車している電車、すれ違い出来ないほど狭いホームに溢れる乗客、そしてそれらを写真に収めようとしている人達、その光景を見ていると、今日は特別な日だと分かっていても、「いつもこんなだったら良かったのに」と思わずにはいられない。40年近くも利用していない私に言う資格などないのかもしれないのだが……。

電車の写真を撮っていると、近くにいた金沢在住だというご老人と話が弾み、石川線の思い出話を伺うことが出来た。昔は良く「白山下駅」まで乗ったものだという。確かに、道路事情も悪くまだ車も一般的でなかった時代にあっては、例えノンビリ走行だったとしても、電車は最も便利な移動手段だったに違いない。ところが、高度成長期に始まった車社会の到来で、ノンビリ走行の人気は下降の一途を辿り、ついに今日の日を迎える事になってしまった。

新聞には、この廃線で鶴来の病院に通うのが大変になる、と心配する老夫婦の話が出ていたが、効率化という時代の大波がまた一つ"地方の貴重な足"を飲み込んでしまった感がある。寂しいことに、こうやって少しずつ、日本の風景から歴史の建造物が消えていく。そして、やがて人々の記憶からも消えていくことになるのだ。

 

しかし、消えてゆく寂しさもさることながら、「ノンビリと電車に揺られ車窓からの景色を楽しみ悠久の時間を満喫する」というスタイルは、最早極一部の人にしか許されない極上の楽しみなのかもしれない。そう考えると、金と物がなくても、せめて「そういったことが楽しめて幸せだ」と思えるような人生を送りたいものだ。ただ、これほどまでに便利な機器に囲まれ、しかも時間に追われて仕事をしているようでは、夢のまた夢で終わってしまうような気がしてならないのも事実ではあるのだが……。

オッと、そう言えば水曜日がこの原稿の締切日だった。早く書き上げなければ!

【文責:知取気亭主人】

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