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2009年1月6日
いよいよ新しい年がスタートした。ここ金沢は、大晦日から降り出した雪が止まず、久し振りに雪の元旦となった。長期予報で半ば諦めていた「初日の出」も案の定拝めず、低く垂れ込めている雪雲や辺りの雪景色を見ていると、各家の玄関に飾られている「注連飾り」が無ければ、正月だということを忘れてしまう。加えて、この水気の多い雪で足元が悪いのが災いしているのだろう、晴れ着姿の女性が少ないことも、今一正月気分が盛り上がらない理由のひとつだ。
お天気の影響ばかりではない。目出度い"お正月"だと言っても、長く続く日本経済の昏迷状態を反映してか、いつの頃からか子供の頃に感じた華やいだ気分はトンと無い。齢を重ねるうちに感性が油切れしてきている可能性もあるのだが、特にここ数年は不安だらけの"年の初め"になっている。確かに年が改まったからと言って、一晩寝て目が覚めた途端にこれまでの経済状態がご破算になってゼロから再スタートが切れる、というわけでは勿論ない。そんなに都合よくいかないことは、十分に分かっている。分かってはいるのだが、人間誰しも口には出さないだけで、「無理は承知の淡い期待」を多少なりとも持っているものだ。
「エッ、そんなことは無い?」
「そんなに欲たましいのは俺だけ? 嘘でしょう!」
「じゃあ、初詣でお願いした"宝くじが当たりますように"のお願いは?」
「エッ、そんな無理難題を言って神様を困らしたりしていない!」
「じゃあ、それも私だけ?」
てな具合で、淡い期待をする欲張りは私だけのようだが……。
しかし、である。もし珠算のように、「願いましては!」の一声でこれまでの経済状態がご破算になりゼロから再スタート切れることが出来るならば、破綻寸前の国家財政も私の懐具合も直ちに健全化されることになる。素晴らしい事ではないか。しかし、残念ながらやっぱり無理なものは無理らしい。何を隠そう、実はこれまで何度も「無理は承知の淡い期待」をしてきたのだが、実現したことは、ない!
「それならば」と、次なる妙手があるわけでもない。ただ、毎年の事ながら、せめて気持ちだけでも明るくパッといきたいと思っている。「気分一新」の言葉があるように、「気分」であれば「願いましては!」の掛け声も有効だ、と信じているからだ。そのためには、気分が晴れ晴れと明るくなるような体験をしたいと思っている。しかも、出来れば余り金を掛けずにやりたい。今のこの世知辛い世の中では滅多にそんな都合の良いものに出会えるものではないが、正月の今の時期だとあるんですなこれが。しかも、手軽に味わえるものがある。それは、華やかに飾ってある正月用の花飾りや生け花を観賞することだ。
正月用の花飾りや生け花は、その大小を問わず華やかで、周りをパッと明るくしてくれる。近くのスーパーで室内用の正月飾りを見てきたが、380円の小振りのものから980円のものまで、大きさや値段に差はあるもののどれもこれも華やかで、観ているだけで幸せな気分にしてくれるから不思議だ。「無理は承知の淡い期待」をするよりも確実に、気分を一新してくれる。生け花もそうだ。下の写真を見てもわかるとおり、松や千両の青々とした葉をバックに赤や黄色など色とりどりの花を生けた様は、実に華やかだ。せめて気持ちだけでもこうありたい。
多少なりとも幸せな気分になったところで、もう少しご利益がありそうな花をお見せしよう。下の写真がそれだ。
良く行く酒屋の店先に飾ってあった、「金(かね)のなる木」の花だ。お店の人の話だと、こんなに見事に咲くのは珍しいという。私も初めて拝ませてもらった。世界中の人が「あったら良いな!」と切望してやまない「金のなる木」、こんなに目出度い花はないだろう。思わず、これでもう金には困らない、などと勝手な妄想を抱いてしまった。
さてさて、そんな「無理を承知の淡い期待」はしないまでも、今年一年を明るく健康で過ごしたいものだ。世界中の人々にとっても「佳い年」に成ってくれればいいのだが…。
【文責:知取気亭主人】 |