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2010年3月3日
1月に中米のハイチで大地震が起こったばかりなのに、また同じ西半球で巨大地震が発生した。今度は南米のチリだ。日本時間の2月27日に発生した地震は、マグニチュード(M)8.6――アメリカの地質調査所の発表によればM8.8――と発表されており、とてつもない大きさだ。地球の裏側で起こった地震ではあったが、日本でも太平洋沿岸を中心として広い範囲に大津波警報や津波警報が出された。
しかし、津波襲来の予測時間から一夜明けた3月1日現在、岩手県久慈港や高知県須崎港で最大1.2mの津波が観測されたものの、幸いなことに人的被害は無かった模様だ。ただ、三陸地方沿岸を中心に、深刻な水産業被害が次第に明らかになってきている。また、チリの被災の実体も今後明らかになっていくものと思われるが、3月1日現在、既に死者が700人を越えたと報道されている。
被災した皆さんに心よりお見舞い申し上げるとともに、チリにしても、日本にしても、もうこれ以上被害が拡大しないよう切に願っている。
さて、地震の続報は新聞やテレビに任せるとして、今回の四方山話のテーマは月だ。確か先週だったと思うが、車を運転していて、カーラジオから流れてきた「月に関する面白い話」を聞いた。空に浮かぶあの衛星の月だ。
先日亡くなった森重久弥が「♪月の砂漠を はるばると……」と歌っていたように、月は昔から我々に身近な天体としてお馴染みだ。月の満ち欠けに名前を付け、新月、三日月、上弦の月などと呼び親しんできた。勿論、満月も十五夜とも呼ばれ、歌にも登場する。その満月が、今年の2月に忽然と姿を消した、というのだ。そう、姿を消したらしい。
「姿を消した」などと言うとなにやら事件めいてくるが、正確に言うと、「満月が天空から消え去ってしまった」という事ではなく、「満月と呼ばれる月の状態になる日がなかった」、という意味である。実は、満月を満月として決めるには"満月の時間"というのがあるらしく、その時間が属する日を満月としているのだ。皆さんご存じのように、今年は"閏年(うるうどし)"でないため2月は28日しかない。このことが、「満月のない月」になってしまった理由なのだという。
理科年表(国立天文台扁 平成22年 丸善株式会社)を調べてみると、2月に最も近い満月時間は3月1日AM1時38分であることが分かる。つまり、満月時間が2月28日をたった2時間弱過ぎたばっかりに、2月の満月は無くなってしまったのだ。2月にしたら、満月に逃げられた、とでも言いたい感じだろう。これが本当の「つきがない」だ。
因みに、理科年表から今年の各月毎の新月と満月を一覧表 (表―1) にしてみると、2月から逃げた満月が、両隣の1月と3月には2度ずつ訪れていることが分かる。各月に均等に配分されているのではないのだ。「このようなことは何十年に一度は訪れる」とラジオの解説者は言っていたが、月の満ち欠けは平均すると29日と凡そ12時間44分で1回転――新月から次の新月に、あるいは満月から次の満月になる時間で、これを「朔望月」(さくぼうげつ)という――するらしく、そうなると暦とは少しずつずれていくことになる。ましてや、28日の月や30日、或いは31日の月があり、暦そのものが変化に富んでいる。したがって、「満月のない月」が出ても不思議はないのだ。今年の最初の満月が1月1日だったことも、2月が"満月に逃げられた"理由の一つとなっている。

ところで、文中にも表中にも「朔」と「望」の字が登場しているが、どんな意味があるのか皆さんご存知だろうか。遅ればせながら、私も広辞苑で調べてみた。学術的な説明文もあったが、それは省略して分かりやすい表現だけを転記すれば、「朔(さく)」とは表―1にも示してあるように新月のことで、太陰暦(以下陰暦と表す)で月の第一日、つまり"ついたち"の意味があるのだという。
一方、「望(ぼう)」は満月のことで、陰暦の十五日を表しているという。因みに、俳句などに使われる「望月(もちづき)」――苗字にも使われている――も、陰暦十五夜の満月の意味があると書かれている。味のある表現ではないか。
こうしてみると、農耕民族の日本人は昔から気象など自然との関わりが深く、色々な歳事と関連付けられている陰暦の暦の方が、何となく親しみが持てる。それは、私が年を取ったせいばかりではあるまい。季節折々の自然や催しごとなどを歳時記として表していることからも、昔の日本人は如何に自然とともに生活していたかが分かる。中秋の名月を代表に、満月を愛でる気持ちは言わずもがなである。その「満月」が無い月があるという。「つきがなかった」だけではなく、「空気を汚したために月に嫌われた」のでなければいいのだが……。そんなことは無いか!
【文責:知取気亭主人】 |