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2010年5月19日
4月の連休の頃だっただろうか。台所で、娘二人がなにやら賑やかな笑い声を上げながら盛り上がっている。その盛り上がりようと言ったら、「女三人寄ればかしましい」を通り越して、「二人でも十二分にかしましい」だ。そんなところにヒョイと顔を出したものだから堪らない。「ネエ、お父さん!」と盛り上がりの輪の中に引き込まれてしまった。
引き込まれて分かったのだが、話題となっていたのは、「エッ、こんなことで盛り上がっていたの」とビックリするような他愛も無い事だ。年頃の娘がするであろう理想の男性の話でもなく、恋人が出来たという待ち遠しい話でもなく、何とも罪の無い話しで盛り上がっていたのだ。しかし、他人が聞いたら笑ってしまうようなそんな他愛もない事でも盛り上がれる感性は、我が子ながらつくづく感心する。大したものだ。尤も、見方を変えれば「子どもっぽい」ということでもあるのだが……。しかも、親譲りだったりして……。
ところでその他愛も無い事だが、次女曰く、「チョット」と「チョットチョット」と「チョットプラス」の中でどれが一番時間的に長く感じるか、と言うのだ。事の仔細は後日談で聞くことになるのだが、長女と次女ではその感じ方が違う、といって盛り上がっていたのだ。「お父さんは、サアどれ?」という訳だ。
どれもこれも似たような感じなのだが、暫く考えて「チョットプラスかな」と答えると、どちらが言ったか「エーッ!」と驚きの声を上げた後、再び二人のお笑いバトルが始まった。遅れて帰って来た次男も、当然の流れとしてバトルの餌食だ。彼も何の事だか分からぬまま、しかも初めて聞く「チョットプラス」に戸惑いながらも、「チョットチョットじゃないかな、イヤ一寸待って、やっぱチョットプラスかな」と答えると、またもや「エーッ!」に続いてお笑いバトルの再開だ。結局、結論が出ないまま自然消滅となったのだが、実に面白い話題だった。
四方山話に書くに当たって、何からこんな話が出てきたのか、静岡からか帰ってくる車の中で聞いてみた。すると、「病院の入り口のドアを後ろから来る人の為に押さえて待っていたのだけれど、直ぐ後ろの人だけではなくチョット離れて来る人も待っていて、その時間がチョットよりもチョットだけ長く、それを上手く表現したかった」との説明だ。なるほど分からないでもない。しかし、どの表現もどんぐりの背比べだ。
ところが、こうして娘の話を文章にまとめると、「チョットよりもチョットだけ長い」ということは「チョットチョット」が一番適当なのかな、と思えてくる。しかし、質問されたときは全く逆の感じがしたのだ。耳に入ってくる言葉の響きからすると、「チョットチョット」は小刻みな感じがして……。
オッと、「チョットバトル」のドツボにはまるところだった。「チョット」か「チョットチョット」か「チョットプラス」か、どれを選ぶかは皆さんにお任せするとして、話を進めよう。
「どこかにお出かけ?」
「チョットそこまで」
などと、使われるように「チョット」というのは便利な言葉だ。随分あやふやな言い回しなのだが、言った方も、言われた方も、それで納得してしまう。「何メートル先」などと具体的な距離や行き先を言わなくても会話が成り立ってしまうのだ。多分、聞いている方は、「どこに行くのか」を知りたいのではなく、「出かけるのですね」と確認しているのに過ぎないのだ。答える方も、それを承知していて「そう、近くにね」と相槌を打っているのだと思う。アバウトな性格の我が家族にとっては、すこぶる使い勝手の良い言葉だ。
ところで、チョットは漢字で「一寸」と書く。読み方は違うが、「一寸(いっすん)の虫にも五分の魂」の諺にも同じ字が使われていて、「小さい」といった意味で使われている。チョットの意味もこれとほぼ同じで、「少し」を付け加えれば完璧だ。寸法も時間も速度も、はたまた気分をも対象とできるマルチタレントの副詞となる。いい加減な文章しか書けない私にとっては、全く持って手放せない有り難い単語だ。
それでは、16の日曜日、東海環状道路を走行中に「月と金星のランデブー」を見たときの、私と妻と次女の会話を紹介して本話を終わるとする。
私:「チョット見てごらん、凄く綺麗だよ」
妻:「ワー、綺麗だ! 何かファンタジー映画のタイトルみたい!」
娘:「凄い! チョット月がウインクしているように見えない?」
私:「そうかい?」
娘:「さっきよりチョット肉付き良くなったんじゃない?」
妻:「チョットの間に、位置も随分変わるんだね!」
チョットづくしの会話でした!
【文責:知取気亭主人】 |