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2010年9月8日
人間誰しも得意なことがあるように、反対に苦手なこともある。我が家の下の娘は、怪奇現象など怖い話が大好きなくせに、テレビ・映画の恐怖シーンや夜一人で家にいるのが苦手である。かく言う私は、子供の頃に木登りや屋根に上ってしょっちゅう遊んでいたにも拘わらず、どういう訳か高いところが苦手である。いわゆる、高所恐怖症というやつだ。それともう一つ、大きな声では言えないが、見目麗しき女性も苦手なのだ。他の苦手なことはスッパリと諦めているのと違い、こちらは「何としても克服したい」と思っているのだが、思うとおりには中々上手く行ってくれない。「現実とはそんなものだ」と分かっていても、チョッピリ寂しい気がしないでもない。
そんな冗談半分な話はさておいて、蛇などの"は虫類"が苦手という人もいれば、ペットの代表選手である"犬"が苦手などという人も結構多い。また、私の知り合いには「狭いところが嫌い」という人もいて、殆ど毎日使っているビルのエレベーターも苦手だという。短い時間だと何とか耐えられるらしいが、高層ビルなどのように乗っている時間が少しでも長くなると不安で堪らなくなる、というのだ。閉所恐怖症だ。私には閉所恐怖症の感覚は良く分からないが、それが地下700mの完全な閉鎖空間だとしたら…。
南米チリのサンホセ鉱山で8月5日に発生した落盤事故は、2週間以上も生死の確認が取れず、一時は全員絶望視されていたのだが、奇跡的に33名全員が地下700mの避難所で無事でいることが確認され、現地は勿論、世界中に嬉しいニュースとして駆け巡ることになった。事故発生から17日間も地上との連絡が取れなかった上に、閉じ込められた33人の誰一人として地上へ戻る手立てを持たない状況の中、しかも日も差さない狭い閉鎖空間の中で、良くぞ規律が守られ、生きる希望を持ち続けられたものだ。本当に感心させられる。凄い精神力と見事な統率力だ。
8月26日の朝日新聞朝刊に依れば、33人が避難している避難所の広さは約40u、天井の高さは4mだという。決して広くはない。それどころか、全員が集まれば一人あたり畳一畳分にも満たない。この避難所以外に、人が移動できる坑道が約2qあるらしいのだが、それとて地上へ出られるわけではない。避難所も2qの坑道も、残酷なことに、自力では脱出できないと分かっている完全閉鎖空間だ。その上、命の綱の食料も乏しかったという。通常であれば3日間で食べ終わってしまう食料しかなかったのだが、これを少しずつ均等に分けて17日間食べ繋いだという。こんな過酷な状況に加え2週間以上も地上と音信が途絶えていたというのに、良く自暴自棄にならなかったものだ。本当に凄い。
しかし、この奇跡劇には、幾つかの幸運も彼らに味方している。まず、日本の炭坑で事故が起こったときに直接事故の原因になったり、事故をより悲惨なものにしたりした"有毒ガスの発生"や"引火性の高い粉塵"がなかったことが、第一の幸運だ。第二の幸運は、換気口が有り、これが使えたことだろう。次の幸運、これはニュースとして報道されていないためあくまでも私の予想でしかないのだが、坑道やシェルターを水没させてしまうような異常出水が無かったことも、この上ない幸運と言って良い。これから救出されるまでのこの先数ヶ月、地下で待つ33人にとっても、地上で待つ家族にとっても、救出作業に携わる人達にとっても、そしてこの救出作業を固唾を呑んで見守っている世界中の人々にとっても、水没する危険がないということは何よりの安心材料だ。刻々と水位が上がり、水没までの時間が迫ってくる、などとなったらそれこそ堪ったものではない。私の予想が当たっていることを切に願うばかりである。
また、今回のような"いつ望みを捨てても不思議でない極限状況"の中で、33人全員が望みを捨てずに規律ある行動ができたのは、強力な指導力を持ったリーダーの存在があったればこそだ。33人の中にそんなすばらしいリーダーがいたことも、幸運だったと言えるのではないだろうか。以前四方山話(第103話「感動をあなたに」)で取り上げた「エンデュアランス号漂流」」(アルフレッド・ランシング著、新潮文庫)で奇跡の生還を遂げることができた南極探検隊にも、強力なリーダー(サー・アーネスト・シャクルトン隊長)がいたが、このように極めて厳しい状況から無事脱出するためには、優れたリーダーの存在が不可欠と言っていい。今回の事故が「大惨事」ではなく「奇跡の生還」として後世に語り継がれていくためにも、最後までリーダーが元気でいてくれることを祈っている。
ところで、いくら幸運が重なっているとはいえ、「クリスマスまでの頃には」と言われている救出までの4ヶ月間もの長い間、彼らの気力が保たれているのか心配だ。報道に依れば、既にうつの症状を示している人もいるらしい。それは無理からぬことだ。どんなに強い精神力の持ち主であっても、この極限状態を長時間続けることは極めて難しい。同じような閉鎖空間での経験が豊富なNASAにケア技術の応援要請をしたと言うが、良いことだ。あらゆる手段を使って「全員無事の生還」を成し遂げてほしい。現地からのニュースに接しても一日も早い救出を願うことしかできないが、救出に向けてのあらゆる作業が事故無く順調に進むことを願ってやまない。
【文責:知取気亭主人】 |