2010年10月20日
世界が固唾を飲んで見守っていた地底からの救出劇が、誰一人として犠牲になることなく見事成功した。チリの銅鉱山で起きた33人が閉じ込められた落盤事故は、事故発生当初見込んでいた"クリスマス過ぎの救出時期"から2ヶ月以上も早まり、日本時間の10月14日、地下約700mの地底から69日ぶりに全員無事救出された。その歓喜の様子は世界中に配信され、過去に例を見ない救出劇だっただけに、各国ともトップニュースで伝えたという。ともすれば暗いニュースばかりが目立つこの頃だけに、久しぶりに世界を明るく幸せな気分にさせてくれた。そして、大いなる勇気も与えてくれた。
それにしても、33人のチームワークの良さには感心させられる。「当初は殴り合いもあった」とのインタビュー記事もインターネットには流れてきたが、それは無理からぬことだ。しかし、それも最初の頃だけだったのだろう。やがて団結するようになり、生還するための規律を作り、それを守り、とうとう69日間に亘る恐怖との戦いを生き抜いたのだ。全員の無事生還を為し得たのも、そんな規律を守り続けた統率力と地上からのアドバイスのたまものだろう。69日間も地底に閉じ込められていたとは思えないほど健康状態も良好らしく、日本時間の16日には31人が既に退院したとのニュースも流れてきた。凄い精神力と体力だ。何はともあれ、本当に良かった。
それにしても、地下での生活は、どんな苦労と困難、そして恐怖との戦いだったのだろうか。これから、"落盤事故発生時の様子"やら"救出されるまでの69日間の地下での状況"は少しずつ詳らかになり、そして何れは映画化されることになるだろう。既に、「映画化の話は決定している」と報道されているから、まず間違いないところだ。本も出版されるだろう。そういった華々しい話題が、33人の周りでは暫く渦巻くことになる。そんな側面も致し方ないところではあるが、これから真逆の側面も出てくるのではないか、と心配している。映画化や本の出版に向けてのインタビューは、事故前に送っていた彼らの生活を一変させてしまうのではないか、と思っているのだ。
地底から無事帰還した彼らは、間違いなくヒーローである。ただ、熱狂的であればあるほど、それが冷めたときの"しっぺ返し"は大きい。ヒーロー扱いが一時的なものでなく、息の長いものであってくれればいいのだが、仮にチリ人が日本人のように熱しやすく冷めやすい性格だとすると、冷めたときのギャップに戸惑う筈である。ギャップが大きければ大きいほど、戸惑いも大きいものなのだ。
何れにしても、33人の身辺がこれから暫く騒々しくなることは想像に難くない。そうなると、周りの人たちが一時のヒーロー物語に騒ぎ立てることなく、心のケアを念頭にした彼らへの配慮がとても重要になってくる。健康状態も良好で既に31人が退院したとはいえ、長期間に亘り言い尽くせぬ恐怖を味わっていたことは間違いない。一時の喧騒が過ぎた時、その恐怖に再び苛まれることになるのではないか。そんな心配をしている。
「トラウマとして心に傷を残さないためにも人に話すことが必要だ」と良く言われるが、それには聞き手の"立ち位置"が極めて重要だ。カウンセラーのように、話し手を受け入れてくれる態勢を持っていれば別だが、映画のためや本のため、あるいは報道のためのインタビュアーは、そんな態勢を取っていそうもない。自らの仕事や金儲けの対象としてとしてインタビューする人が殆どだ、と私は思っている。そうなると、人の常として、話し手の心模様はさほど斟酌せずに、より話題性のある出来事を根掘り葉掘り聞き出すことになる。そういった行為が、心を癒すどころか再び恐怖を思い起こさせ、結果的にトラウマとして残ってしまうのではないか、と心配しているのだ。トラウマとして残ってしまえば、救出されるまでの暗く長い時間ずっと待ち望んでいた筈の"平穏な生活"を送ることが出来ないのではないか、そんなことさえも心配になってしまう。是非とも、「こんな筈ではなかった」と悔やむことが無いようになってもらいたい。私の取り越し苦労に終わってくれればいいのだが……。
ところで今回の救出劇は、思わぬところで波紋を広げているらしい。ロシアや中国では、「今回の救出劇でチリ政府は人命最優先で対応したが、我が国ではそうはいかない」という自国批判がネットに書き込まれているというのだ。ロシア原潜事故や中国国内での炭鉱事故を例に取り、今回と余りに違う自国政府の対応に批判が高まっているという。
それぞれの事故の状況が今回とは異なっていると思われるから、批判が当てはまるのかどうか疑問ではあるが、両国政府にとっては悩ましい問題だ。今回の生還を大々的に報じれば報じるほど反発は強まりそうだし、そうかといって報道しなければ、国内はもとより世界からも冷たい目で見られかねない。そういった意味では、今回の救出劇が、「物事の中で人命が最優先されるべきである」の考え方を改めて世界に知らしめたことになるのかもしれない。
【文責:知取気亭主人】 |