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2010年11月4日
名古屋市で開かれていた生物多様性条約第10回締結国会議(COP10)は、期限ギリギリではあったが、何とか「名古屋議定書」を採択して10月29日閉幕した。これで、地球上に生息する様々な生物を保存していくための基本的な枠組みができ、生物遺伝資源の利益配分ルール策定の道筋が見えたことになる。資源を持つ発展途上国とこれを利用する先進国との激しい綱引きがあったことは報道でも明らかだったが、議長を務めた松本環境相は、提示した議定書が採択された瞬間うっすらと涙を浮かべたという。「議長国としての責務をギリギリのところで果たすことが出来た」という安堵感ばかりでなく、「次のステップに踏み出すために、参加した190を超える国々が利害を超えて少しずつ歩み寄ってくれた」という各国の思いが伝わってきたからではないだろうか。それだけ、今日の環境変化は生物にとって危機的な状況にある、ということである。また、歩み寄らなければ壊滅的な状況になってしまう、という強い危機感の表れでもあった。
COP10とは少し話がずれるが、先日の大雨で奄美大島が甚大な被害に遭い、3人の方々が亡くなった。被害総額は100億円を超えるという報道もある。大変な被害である。ニュース映像を見ていても心が痛む。しかも、被害をもたらした豪雨がやっと治まったにも関わらず、そういった直接的ではない次の被害の危険性が出てきている、というから怖い。
奄美大島の被害状況を伝えるニュースの中で、ある生物に関する被害注意の映像が流されていて、思わず見入ってしまった。本来野山にいる筈のハブが大量の水や土砂と一緒に住宅地にまで流されてきているから咬まれないように注意してほしい、というものだ。危険に晒される住民の方々には申し訳ないが、大雨とハブの間にそんな関連があったとは大変興味深い。しかし、よくよく考えてみると、ハブのように人に被害を及ぼすような生物ではなかったが、50年ほど前の子供の頃にも似たような経験をしたことがある。
子供時代を過ごした静岡県は、度々台風が襲来して大雨に見舞われ、小中学校が良く休校になった。そして、休校にしてくれるような大雨が止んだ後の水田や小川では、大量のフナやドジョウを目にすることが出来た。豪雨の後の現象としては、先ほどのハブの場合と同じだ。50年程前ともなると、今ほど農薬を使っていなかったこともあったのだろうが、川から素掘りの水路で水を引いた田んぼでは、普段から蛙やタニシは勿論、コブナやドジョウも良く目にしていた。そういった小動物が、流されないようにとの防衛本能か、流れの緩やかな小川や田んぼに逃げ込んできたらしい。真剣に捕れば、かなりの数が収穫できた。ところが人口の増加とともに生産効率を追求する余り、素掘りの水路は姿を消し、田んぼで泳ぐフナやドジョウも全くと言って良いほど目にしなくなった。これこそ生物多様性の喪失だ。
「サギなど鳥類が集まる田んぼは無農薬栽培しているところだ」と教えてくれた農家の人がいたが、最近になりチラホラとそんな田んぼを目にするようになってきた。鳥が集まるということは、彼らが捕食するミミズや蛙などの小動物が少しずつ戻ってきているのだろう。しかし、それでもそんな田んぼの数はまだ限られている。コウノトリやトキの放鳥によって「餌場の確保」が叫ばれ、放鳥地域を中心に各地で無農薬栽培の水田が増えてきてはいるらしいが、私の住む金沢近郊では「鳥が舞い降りていない田んぼ」がまだ圧倒的に多い。一旦崩れた生物の多様性を元に戻すには、"崩した人間のたゆまぬ努力"と"長い年月"が必要だ。それは、コウノトリやトキの放鳥までに長い年月を必要としたことや、放鳥後の「地域を巻き込んだ多くの人々の努力」が報じられるニュースでも明らかだ。
田舎に住んでいた昔の子供にとっては、水田は小さな遊び相手の宝庫であった。兎に角、小さな生物が沢山いた。そして、今回のCOP10で絶滅危惧種のメダカやタガメなどが生息する水田を保全する決議案に合意した、との報道がなされている。小動物が生息する水田は、放鳥されたコウノトリやトキの格好の餌場となる。そんな水田には6000種近くの淡水の動植物が生息する、というから凄い。この豊かな生物多様性は人類の宝、と言っても過言ではない。
折しも、COP10が閉幕した直後の11月1日、トキの野生復帰に向けた第3回目となる放鳥が30日までの日程で始まった。初日の1日には、放鳥予定の14羽のうち6羽が飛び立ったという。これまで2回の放鳥では、まだ2世誕生のペアが現れていないだけに、今回の放鳥を切っ掛けに早く2世誕生の朗報を聞きたいものである。餌場としての水田を保全している地域の人達にとっても、それはどうしても叶えてもらいたい願いである。
ところで、今回の放鳥で最初に飛び立った2歳の雄が、早くもハヤブサに追われたという。早速自然界の厳しさを経験したわけだが、これも生物多様性の一つの象徴だ。トキが日本の空から消えて随分と経つ。還暦が過ぎた私もトキが大挙して飛んでいる姿は一度も見たことがない。薄紅色の美しい姿を日本の大空で再び見ることができるように、飛び立ったトキたちには、是非厳しい自然界を生き抜いてほしい。そして、コウノトリとともに生物多様性保全のシンボルになってもらいたいものである。
【文責:知取気亭主人】 |