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知取気亭主人の四方山話
 

『四季と二季』

 

2010年11月25日

今、京都が紅葉狩りで賑わっているらしい。随分前から、家内と「日帰りでもいいから秋の京都に一度行きたいな」と話はしているのだが、なかなかタイミングが合わず、専らテレビの映像でまだ見ぬ美しい景色を知るばかりである。本来の思いが叶わないのは、凄く残念ではある。しかし、映像で見ても紅葉は本当に美しい。春の芽吹きの頃と違った美しさがある。山全体が色とりどりに染められ光に輝く様は、えも言われぬ美しさだ。日本に住んでいて本当に良かった、と思う瞬間でもある。

「京都ならずとも、野山に出掛け大パノラマの錦絵を思う存分楽しみたい」と思っているのだが、休みの日にも何やかやと雑用が多く、それも叶わないでいる。それでも嬉しいことに、私が住んでいる金沢は東京や大阪などの大都会と違って街中でも緑が多く、比較的身近なところで紅葉を楽しむことができる。最悪の場合でも、落ち葉を処理する付近の住民の方々には申し訳ないが、道路脇に植えられた街路樹も"お忙しさん"にとっては立派な紅葉狩りの対象となる。通勤路の両側に植えられているイチョウもトチも、そして我が家の近くのユリノキも、既に半分近く落葉させてしまっている"慌てん坊"もいるが、今年は本当に綺麗に変身してくれている。あの猛暑が嘘のようだ。

  

日本中を"げんなり"させた夏の猛暑から想像して、「今年はきっと綺麗に紅葉しないだろう」と思っていたのだが、ところがどっこい、秋に入ってからの急激な気温の低下が効いたのか、目にする木々は鮮やかに色付いている。キッチリと四季を体験させてくれるとは、諦めかけていただけに喜びも倍増だ。改めて紅葉狩りに出掛けられない分、晴れた日には、通勤途中で目に入る兼六園や金沢城公園の木々の変身ぶりを楽しんでいる。綺麗なものを見るということは脳にとっても良い刺激らしく、例え前の晩の酒で半分眠っている状態であっても、貴重な"脳目覚まし"になってくれている。

  

その刺激も、実は四季の変化があるからこそである。これが、雨季と乾季の二季しかない熱帯地方であれば、こうはいかない。日本では見慣れた紅葉も落葉もない。一年中緑に溢れている代わりに、――勿論花が咲いたり実を付けたりすることはあるが――日本の四季の移り変わりに比べるとその変化は遥かに小さい。大きく捉えれば、「一年中ほぼ同じ風景」ということになる。

そういった意味では、熱帯地方の二季の中で暮らしていると、多くの日本人に備わっている"自然の移ろいを愛でる感性"が育ちにくいのだろうな、と思えてしまう。確かに、日本で暮らしていると服装も住まいも、また時には食べる物さえも四季に応じて変える必要があったり、その面倒臭さや経済的な負担があったりはするものの、野山の劇的な変化、その美しさに心奪われ感動することが多い。これが、"自然の移ろいを愛でる感性"だ。どんな時代になろうとも、その感性は大事にしたい。

  

これを書いている11月23日の夕方、北朝鮮が韓国の延坪島(ヨンピョンド)に向けて突然砲撃を加え死傷者が出ている、との衝撃ニュースが飛び込んできた。先の尖閣諸島問題といい、何となく東アジアがきな臭くなってきた。北朝鮮も韓国も、そして中国も日本と同じように四季がある筈だ。であれば、我々日本人と同じように"自然の移ろいを愛でる感性"が備わっている筈である。是非、そんな豊かな感性を呼び覚まし、穏やかに交渉をしてもらいたいものである。

  

それでは、これまで撮り置いた紅葉の写真を掲載して、今回の仕舞とする。

 

   

   

【文責:知取気亭主人】

 

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