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2010年12月22日
先週、朝のNHKテレビで面白い話題をやっていた。一茶に「やれ打つな 蠅が手をすり 足をする」と名句を詠ませた蠅の足擦り行動が、実は“毛繕い”の一種だということが分かった、というものだった。その癖を利用すれば、精密機械や電子機器の故障の原因となっている小さな虫の侵入を防ぐことが出来るかもしれない、という話題だ。面白いことを研究する人たちがいるものだ。こういう話には興味がそそられる。興味はそそられたのだが、出張先で出掛ける寸前だったこともあり、惜しくも書き留めることができなかった。ただ、以前どこかで聞いたような話である。
早速出張先から帰り、気になる新聞記事を切り抜きしてあるファイルを調べてみた。意外と私の記憶力も衰えていないようで、お目当ての新聞記事もしっかりとファイリングされていた。凡そひと月前の、11月10日の朝日新聞朝刊に載っていた記事だ。その記事によれば、蠅やハムシなどの足先――彼らの足に裏表があるとすれば、足の裏に当たる部分――には無数の剛毛があって、それを止まるところの凹凸に密着させて自由に動き回るのだという。という事は、この剛毛は蠅やハムシなどにとって生きていくために無くてはならないもので、同じ毛でも色を変えたり付け足したりと涙ぐましい努力を厭わない人の髪の毛とは比べようもない大切な器官と言える。だから、いつも大事に手入れをしている。その手入れの行動が「哀願」や「ゴマすり」にも似ている、あの“足擦り”なのである。
多分、剛毛は敏感なセンサーの役目を果たしているのだろう。虫たちは、僅かな凹凸を感じ取り、それに密着させて動き回るのだという。剛毛が汚れていて密着できないと、滑りやすくなってしまうらしい。そこで虫たちは、一所懸命足擦りをやって、剛毛の汚れを落とすのだそうだ。ただ、凹凸と言っても、我々人間が一瞥してその高低差を感じ取れるほど落差のある大きな凹凸ではない。極々僅かな凹凸を利用しているらしい。
新聞に載っていた記事は、つくば市にある「物質・材料研究機構」が発表したものだが、研究グループは人為的に凹凸を付けた樹脂版を使い実験を重ねたとある。実験によれば、100ナノメートル(=1,000分の1ミクロン=1,000,000分の1ミリメートル)以上の高さがあると、剛毛が凹部には届かず、剛毛に当たる面積が小さくなって滑ってしまう、という。滑ると、虫たちは剛毛が汚れていると錯覚をして、汚れてもいないのに一所懸命毛繕いの為の“足擦り”をするのだという。我々人間には面白く映る仕草も、彼らにとっては生きて行く為の必死な行動なのである。
ところで、汚れてもいないのに“足擦り”をした虫は、その後どうなるのだろうか。綺麗になったつもりで足を下し、歩き始めようとしたらまた滑ってしまう。すると、「まだ汚れているのではないか」と勘違いして、再び“足擦り”をし始める、ということになる。実際には足が滑って動き回れないのだろうが、繰り返し繰り返し“足擦り行動”を取るのに違いない。つまり、動けなくなってしまうのだ。これらの行動を利用すれば、虫が滑りやすい表面加工をして侵入防御などに応用できる、と夢を膨らましているという。
確かに、精密機械や電子機器にとってハムシなどの小さな虫は、いつの間にか侵入して故障の原因となる厄介な生物である。小さな虫が大事なシステムをダウンさせることは、コンピューター関連では良くあったらしい。例えば、「コンピュータプログラムの不具合として使われている“バグ”は、コンピューターの黎明期に起こった故障を調べてみると中に入り込んだ虫(bug)が原因だったことに由来している」と聞いたことがある。これだけ電子機器に頼り切っている我々の生活が、小さな虫一匹に翻弄されることも充分有り得ることだ。
翻弄されるといえば、12月8日(水曜日)の早朝、中部電力管内で電圧が一瞬(12月10日の朝日新聞朝刊によれば0.07秒)低下し、翻弄された工場がある。たった0.07秒で、である。ラジオニュースでも大きく報じられていたが、電圧低下とともに機械が停止し、その後暫く操業再開が出来ない工場があったのだ。そのニュースを聞いて、1秒にも満たない電圧低下でもそんなに甚大な被害が出るものか、と大変驚かされた。
「この電圧低下の原因は虫の侵入によるものだ」と報道されたわけではないが、精密な電子機器が大きなシステムを動かしている日本の現状を見ると、――決して日本ばかりではないが――たった一か所の不具合で、重要なシステムがダウンする大きなリスクが浮き彫りになってくる。それは電力会社に限らず一般の会社でも同じである。
「そういったリスクを少しでも小さくすることが出来る」という意味では、身近な虫の“足擦り”から得た知見を侵入防止に役立たせる試みは画期的なことである。やがて、“足擦り”が「お願いだから凹凸をもう少し小さくして。お願い!」と哀願しているように見える日も近い。
【文責:知取気亭主人】 |