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知取気亭主人の四方山話
 

『単なる思い込み?』

 

2011年1月12日

昨年の暮れ、と言ってもまだ2週間ほどしか経っていないのだが、“もうすぐ新年”というあの慌しい時期に、ひょんなことから危うく遭難しかけてしまった。しかも、雪山で遭難しそうになったとか、山道で車が雪の中に閉じ込められた、といった荒野での出来事ではなく、家内も子供たちもいる、最も安全な筈の家でその笑い話的危機は襲ってきた。そう、家に居るのに家に居ない、そんなけったいな状況になってしまったのだ。もっと有り体に言えば、家族の一寸した手違いで家族に見放されてしまった、ということになる。イヤ、「見放されそうになった」というのが正確な表現なのかもしれない。

 

昨年暮れの金沢は、「クリスマス寒波」によって23、24日の両日、今冬初めての本格的な雪に見舞われた。“大雪”と呼ぶほどではなかったが、それでも我が家の辺りでは30センチ近くの積雪となり、二日続けて除雪に汗をかくことになってしまった。そして、その記憶も未だ冷めやらぬ26日には、年末年始にも「クリスマス寒波」に劣らぬ勢力の「年越し寒波」が襲来し大雪を降らせる、との嫌な週間天気予報が出されていた。予報が当たればまた除雪の重労働をしなければならない。しかも、余分なことに、道路ばかりでなくベランダもなるべく積雪量を減らしておかなければならない。我が家のベランダは、雪を積もったままにしておくと具合が悪い構造になっているからだ。そこで、「クリスマス寒波」で苦労させられた記憶がまだ冷めやらぬことも有り、大雪が予報されていた「年越し寒波」の襲来前にベランダに残っている雪を綺麗にすることにした。

長靴を履き、除雪用のスコップ片手にベランダに出た。そして、5センチほど残っていたベランダの雪を、せっせせっせと庭に掻き落とした。大した雪ではなかったので、20分ほどで作業は終えたのだが、本題の遭難騒動はここから始まる。

 

除雪を終え部屋の中に戻ろうとした時、予想だにしなかった事態が待ちかまえていた。「ヤレヤレ、これで道路もベランダもすべて終わった」と独り言を言いながら戸に手を掛け開けようとグッと力を入れるのだが、その戸が動かない。ベランダへ出た時に開けたガラス戸が開かないのだ。良く見ると鍵が掛かっているではないか。「ウソッ、何で?」と我が目を疑った。それでも、「まあいいか、隣の戸から入ればイイや!」と、災難回避の別メニューを思いついていたことも有り、その時はまだ心に余裕があった。ところが、隣の戸を開けようとして、凍りついた。ナント、隣の戸も鍵が掛けられているではないか。こっちも開かないのだ。これで、家には居るのだが完全に屋外に締め出された格好となってしまった。どうやら、スコップを持ってきてくれた次男に「戸を閉めといて」と頼んだ際、いつもの癖で鍵をかけてしまったらしい。何か別なことを考えていたのだろう。しかし今は冬だ。このままでは遭難も……。

 

ただし、ここは我が家だ。しかも家人は全員家の中にいる。ガラス戸に顔を近づけ、「おーい」と大きな声で叫んでみた。ところが、救出の気配は一向にしない。無視ではないと思うのだが、寂しい限りだ。仕方なく「別方法を考えなければ」と防寒着のポケットを探ると、ラッキーなことに携帯電話がある。これでこの半遭難状態から脱出できる、と早速家内にSOSの電話を入れた。ところが、おせち料理の準備をし始めたのか、携帯電話なのに携帯していないらしい。鳴れども出てくれない。

これではイカン、と慌てていつも携帯している子供の顔を思い起こすと、危機を作り出した当の次男の顔が浮かんで来た。早速電話を入れた。さすが携帯世代の若者だ。直ぐに出てくれた。すかさず「ちょっとベランダに来てくれ」と応援要請をし、ニヤニヤと彼を待っていた。「何?」と言いながらおっとり刀で駆け付けた彼に、ガラス越しに鍵の部分を指さすと、「エッ、俺が掛けた?」と半笑いの驚き顔だ。「ごめん」と言いながら、照れくさそうに鍵を開けた。信じられないような顔をしている。

 

「そりゃあそうだろう。俺も信じられない!」

 

これで遭難騒動――私が勝手にそう名付けている――は無事解決、となったのだが、どうやら「戸を閉めたら鍵を掛ける」という一連の動作が身に沁みついているらしい。ある面素晴らしいことなのだが、戸を閉める瞬間に“私が外に出たこと”を忘れてしまったとみえる。瞬間に、である。

彼女のことなのか、はたまた入社することになっている会社のことなのか、何を考えていたのかは別にして、“心ここにあらず”だったことは間違いない。そう、何かを思いこんでいたのだ。私のことを瞬間に忘れるほどの思い込みとは、一体何だったんだろうか。心の中を覗いてみたい気もするのだが……。

塩と砂糖を間違えたり、醤油とソースを間違えたりと、思い込みによる失敗は人間誰しも一度や二度位しているものだ。しかし、「思い込み」による失敗は微笑ましいものが殆どだが、時として手痛い失敗になってしまう場合もある。今回はそうならなくて本当に良かった。でも、本当に単なる思い込み?

【文責:知取気亭主人】


桜並木の冬景色(金沢市卯辰山公園、2011.1.10

 
 

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