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知取気亭主人の四方山話
 

『先生、この本読んで!』

 

2011年2月2日

先日、教師が児童の保護者を相手取って訴訟を起こし、話題となった。埼玉県行田市の公立小学校の女性教師が、「担任していた児童の両親から繰り返しクレームを受けて不眠症になった」として、両親を相手取り、慰謝料を求める裁判を起こしたものだ。 これまで、「虐めに対する対応がまずい」とか「虐めを見て見ぬふりをしていた」などとして、保護者が教師や学校を相手取って裁判を起こした例は何度か聞いたことがあるが、今回のようなケースは初めてだ。ある意味教師が保護者に対し反対を唱えることさえ不文律とされているようなところがある、と大学の先輩に聞いていたこともあって、このニュースを聞いた時には本当に驚いた。我慢が限界に達したのか、元々喧嘩っ早い先生なのかは定かでないが、とうとうそんな時代になってしまったのかとガッカリもさせられた。

  

確かに「驚くような要求をするモンスターペアレントが増えている」とは良く聞くが、今回のケースも、そんなモンスターペアレントの過激な言動が原因なのだろうか。それとも、「教師不適格者が増えている」とも聞いているので、その教師不適格者の暴走なのだろうか。報道だけでは分かりかねるが、どちらにせよ教師と児童や保護者との信頼関係が崩れていることだけは確かだ。

"崩れている"と言えば、教師の心も崩れてきているらしい。先日NHKラジオでやっていたのだが、とみに最近、心を病む教師が増えているというのだ。しかも、新人教師ばかりかベテラン教師でさえも心の病に罹る人が多いという。直ぐに思いつく「モンスターペアレントの増加によって保護者との軋轢が増えてきた事」ばかりが原因ではなく、「兎に角提出書類が多く忙し過ぎて、教師本来の仕事ができない」なども主な原因として挙げられていた。一体、教師は学校で何をしているのだろうか。イヤ、させられているのだろうか。それを思うと、「教師や哀れ!」である。

  

"冒頭のニュース"やそんな"心を病む教師"の報道を聞いて、昨年の暮れに読んだある本を思い出した。葉室麟(はむろりん)の「柚子の花咲く」(朝日新聞出版発行)である。本好きとして知られている俳優の児玉清お薦めの本だ。彼ご推薦だけあって、本当に面白く、一気に読んでしまった。そして、最後に泣かされた。50年以上も前の忘れ得ぬ経験があるだけに、「私もこんな教育を受けたかった」とフィクションであることを忘れ、羨ましささせ感じさせた本である。時代小説なのだが、扱われているテーマは、正に今の日本に問われている「教育と仁」である。

  

江戸時代、武士の子弟が学んだ「藩校」とは別に、武士だけでなく町人や百姓も学ぶことが出来た「郷学」と呼ばれる学問所があったそうだ。その「郷学」の教授が、何者かによって殺害されたところから物語は始まる。殺された場所は、お隣の藩領内である。江戸に向かう途中で殺されたのだ。この教授の死に対し"あらぬ噂"が立つのだが、かつての教え子が「先生に限ってそんなことは無い筈だ」と疑念を抱き、少しずつ真相を暴いていく。

時代小説なのだが、派手な活劇シーンは極めて少ない。しかし、時代小説としてはこれまで読んだことがない落ち着いたサスペンス風仕立ての展開は、読み手を飽きさせない。しかも、無頼派が登場することもなく、登場人物全てに必然性があるのも良い。そして何と言っても好きなのは、読後を爽やかな気分にしてくれることである。

"あらぬ噂"に惑わされることなく、かつての教え子がその死に不審を抱くのは、師への揺るぎない信頼があるからだ。そして、文中で「――身を捨てて仁をなすやつだ――」と師から評価されたかつての生徒が、その通り仁をなすわけである。何をもって仁となすかは、読んでのお楽しみとさせていただくが、今の教師と生徒の間に、果たしてそんな信頼関係が構築されているのだろうか。冒頭のニュースや破廉恥教師のニュースを聞く限り、どちらに問題があるかは別にして、甚だ疑問である。ただ、多くの教師はその思いを胸に教壇に立っているのだ、と信じていたいのだが……。

  

ところで、本の表題になっている「柚子の花咲く」だが、「桃栗三年 柿八年 柚子は九年で花が咲く」から取られている事が分かる。私は、幼い頃、「桃栗三年 柿八年 梅は酸くとも十三年」と教えられたのだが……。

この本の中でこの言葉の示す意味が、最後の最後に明らかにされる。殺された恩師から呪文のようにそう教えられ、自分たちは恩師に育てられたその"柚子の花"である、と最後に気付くのだ。そして、恩師の教えを守り、最後まで仁を貫き通し、見事な柚子の花を咲かせることになる。そのクライマックスで見せる子供たちの健気な姿は、久しぶりに気持ちの良い涙となって頬を伝っていった。

教師にも保護者にも、そして中・高生にも読んでもらいたい秀逸の本である。  

【文責:知取気亭主人】



『 柚子の花咲く 』

【著者】葉室 麟


【出版社】 朝日新聞出版
【ISBN】 978-4022507532
【ページ】 320p
【サイズ】 19.2 x 13.2 x 2.8 cm
【本体価格】 \1,785(税込)
 

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