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知取気亭主人の四方山話
 

『思い切り』

 

2011年10月5日

年の瀬の大掃除には少しばかり早いが、少々考えるところがあって、先月の半ばあたりから身の回りの整理をし始めた。身の回りの整理、つまり「身辺整理」だ。と言っても、家族が心配するような、思いつめた理由が特段あるわけではない。ただ単純に、子供たちも成長し、今は使わなくなった物が大分目立つようになって来たことから、その要らないものを処分し身軽になりましょう、という訳である。

そしてもうひとつ、60の声を聞いてから罹ったと思われる、「面倒臭がり病」の症状悪化も大きい。目の衰えも影響しているのだろうが、名前を書く事ひとつ取っても、丁寧に書く事が億劫になり、元々上手くもない字が随分と乱雑になってきているのだ。そして、一時気に掛けていた身の回りの“あれやこれや”に手を出すことが面倒臭くなってきた結果、“使われなくなった物”が増えてきた、という事でもある。この「面倒臭がり病」は、これまでの症状からすると加齢と共に進行して行くことはほぼ間違いなく、しかも加速度的に悪化しそうなのである。したがって、片づけることさえも面倒臭くなってしまう前に、身の回りをサッパリとしておこう、という意味合いもある。

回りくどく言えばそういった事で、これを流行言葉に言い換えれば、「断捨離」となる。我が家もこの流行言葉に習って、私を始めとする家族の成長と共に増えた、「使われなくなった物」を処分しましょう、という事なのである。

 

机、電気スタンド、教科書、本、古くなったパソコン周りの電子機器、「子供たちが家庭を持った時に使うかもしれない」と取って置いた食器や調理器具など、出るわ出るわ、整理をすると「良くぞこんなに溜め込んでいた」と驚いてしまう程、使っていない物が多い。子供が4人も居れば仕方がない、と言い訳を呟きたくもなるのだが、それにしても多い。しかし、わざわざ取って置いただけに、俗にいうゴミはない。そこが返って始末が悪いのだが、「“余程”のモノでない限り処分する」と決め込まないと、元の木阿弥になりかねず、次々と処分を逃れる物が増えてきてしまう恐れがある。要するに、スポーツや物事の決断と同じで、「思い切り」が重要なカギを握っているのだ。

ただ、そんな中でも本は、意外と思い切り良く決められる。読破済みでも私のメガネに適わなかったものや、まだ読んでいなくてもパラパラ読みで面白くなかったものは、即“古本屋行”と決めた。古本屋を選んだのは、「再び日の目を見させてやりたい」という本への切なる思いと、多少なりとも換金したい、という浅ましい考えからなのだが、書き込んである本や教科書が多かったせいか、古本屋の値踏みは驚くほど低い。2回合わせて100冊近く持ち込んだのだが、1,000円にもならなかった。矢張り、浅ましかった。

 

一方、「本以外はどう処分したか」というと、ここでも浅ましい欲張り根性が顔を出し、「捨てれば唯のゴミ、再利用すれば立派な資源」と、どこやらの車のスピーカから流れてくる文句を口ずさみながら、リサイクルショップに持ち込んだ。被災地への支援物資としては不向きな物ばかりだったことからリサイクルショップ行きを決め込んだのだが、製造から10年以上経った電化製品やフィルムカメラなどは、ものの見事に買い取り拒否をされてしまった。

また、未使用の物でも古本屋と同じで、値踏みは驚くほど低い。置物や飾り物だったこともあるかもしれないのだが、10点近く持ち込んで800円だ。それでも、捨てれば1銭にもならないし、しかもゴミになってしまう事を考えれば、例えお金にならなくても、「良し」としなければいけない。そんな事よりも、「どうやって必要な物だけで生活していくか」が、「面倒臭がり病」を発症している私にとっては、重要だ。そのためには、これから先の“度重なる処分”、が必要なのかもしれない。

 

そう思い、4日の日曜日に2回目の整理を実施した。ところが、2回目を終わっても、まだまだ処分できるのもが残っている。これから生きがいを持って生活して行く為には最低限何が必要か、を考え、加えて“思い切る”ことが重要だとは承知しているが、“思い切る”までも無く即断できる余分な物がまだ有るから呆れてしまう。とは言うものの、最初から余分だった物はさほどない。我々の加齢と共に不要になった物を捨てられないでいるのだ。「捨てられない症候群」、私の得意とするところだが、この病気の特効薬は矢張り「思い切り」だ。

貧乏学生時代を思い出せば、最低限の物さえあれば、精神的には結構豊かに生活できていたことが蘇ってくる。あの当時は、思い切る必要もない程“ナイナイ尽し”の生活であったが、至極楽しい生活が出来ていた。つまるところ、そこそこの住環境があり、食べることに困らなければ、そして家族や友人に囲まれていれば、人は幸せを感じることが出来る。さして余分な物はいらない。

そう思って今一度身の回りを見てみると、かなり思い切りよく処分してもさして困らないものが沢山ある。どれ、私自身が処分される前に、思い切り処分してみるか!

【文責:知取気亭主人】
  


彼岸花にとって葉は余分なモノ?
 (花が終わると葉が出てくる、別称:葉見ず花見ず)
 

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