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知取気亭主人の四方山話
 

『定義』

 

2011年10月26日

皆さんは、「肥満」の定義をご存じだろうか。気にしている人は結構多いが、「定義」となると意外にあやふやだ。個々人が持っている勝手な基準や思い込みだったり、或いは色々な学会が提唱している基準があったりするのだが、私も「これだ!」と言い切れるものを知らない。「標準体重は{身長(cm)−100}×0.9」などの指標も良く言われるが、それなども曖昧な定義でしかない、と思っている。また、市販されている体重計の高機能化もあって、最近では「体脂肪率>20%が肥満」とも良く聞くが、一般的には「見た目」の方が幅を利かせている。テレビなどを見ていると、20年この方一度も肥満気味グループから脱したことがない私からすると決して太っていないのに、懸命のダイエットにチャレンジしている女性も少なくない。自己流の定義に当てはめると、「私は太っているわ、痩せなきゃ!」となるのである。要するに、何かを判断するときに重要な役目を果たす基準は「定義」によっていかようにもなる、ということである。

 

そんな「定義」に関して、面白いニュースが流れてきた。フランスのパリに本部を置く国際度量衡局が、21日に開かれた総会で、質量の単位として国際的に広く使われている「キログラム」の定義を120年ぶりに見直す、との決議を採択したというものだ。ダイエット中の女性にとっては、「エライこっちゃ!」になるかも知れないドッキリニュースだ。勿論それは冗談だが、この定義見直しに伴い、1889年に作製されパリで厳重に保管されている分銅の原器も、表舞台から引退することになるらしい。「今頃何で?」と不思議に思ったが、見直しになる切っ掛けの一つが「汚れ落とし」だ、というから驚いてしまう。

かつては「純水1リットルが1キログラム」と定義されていたものが純度にばらつきがあるとして、120年前に今の定義に替わったわけだが、パリ本部に保管されている「国際キログラム原器」は、イリジウムと白金の合金製でできている。ところが、どんなに厳重に保管していても表面吸着によって汚れが付くらしく、今から20年ほど前の1988年にその汚れを落としたところ、何と重さが変わってしまったのだという。勿論軽くなった訳だが、変わったと言っても、たった1億分の6程度なのだそうだ。こんな僅かな変化で120年余りも果たしてきた原器としての役目を終えるとは、髪の毛程のホンの僅かな重さでも科学にとってはとんでもなく重い、という事なのだろう。

いい加減な性格を自他ともに認める私なら、「そんな些細な変化など無視してしまえ」と言いたいところだが、どうもそういう訳にはいかないらしい。科学の黎明期であった100年前ならいざ知らす、分子や原子を扱うようになった現代では、私の様ないい加減さは問題外で、真理の追究にはより厳密な基準が必要なのだという。確かに、光よりも速い物質の存在が話題になるくらいだから、今の先端科学で「議論の物差し」となるにはそれなりの厳密さが必要、ということなのだろう。しかも、今の最先端技術を以てすれば、一般人にはピンとこない僅かな重さでも、難なく量ることができるに違いない。尤も、減ったことが分かった訳だから、当たり前の話ではあるのだが……。

 

さて、替わるとなると、「次の定義はどうなるか」が気なるわけだが、4年後の総会で採択されることになる新しい定義には、二つの有力な方法(アボガドロ定数を決めるX線結晶密度法とプランク定数を測定するワットバランス法)が検討されているらしい。その内のX線結晶密度法の精度向上に、日本発の技術が大きく貢献しているという。嬉しい話だ。何せ、今我々を取り巻く色々な基準の多くは、欧米発が殆どだからだ。「キログラム」は勿論そうだし、「メートル」にしても、10年ほど前から産業界がこぞって取得を目指した「ISO」にしても、さらに言えば上場企業に課せられる会計基準もそうだ。穿った見方をすると、欧米の国家・企業や投資家が「仕事をし易い基準を全世界に広め、儲けようぜ」と協定を結んでいるように、私には映ってしまうのだ。ちょっと言い過ぎかも知れないが……。

そんな愚痴はさて置き、欧米基準が闊歩する度量衡分野で、日本の技術が世界に躍り出る可能性があるとは愉快だ。日本の高い技術力をアピールする、またとないチャンスだ。では「どんな定義方法か」というと、産業技術研究所(茨城県つくば市)が研究を続けている方法で、簡単に言うと、シリコンの結晶に含まれる原子の数を正確に量り、「原子○○個分を1キログラムとする」と定義する方法だという。言い換えると、「今の1キログラムと寸分違わぬ重さになるように原子の数を合わせ定義する」という事になり、結局のところ、定義は変わっても日常で扱う精度であれば今まで通り、ということになる。

 

シリコンは半導体の材料として広く使われていて、純度の高い、大きな結晶を作りやすい事から選ばれたらしいが、いくら「純度が高く大きな結晶」といっても、原子の数など正確に数えることができるのだろうか。例え正確に数えることが出来たとしても、キロ単位で我が身の変化に一喜一憂している凡人にとっては、そんな難解な定義方法も夢の世界なら、定義の変更に伴って密かに期待した「肥満からの脱却」も夢の話、となりそうだ。つまるところ、今回のこの話題、科学分野にとってはとても大きなトピックスだが、我々の日常生活への影響は全くなさそうだ。しかも残念な事に、「新たな定義を使う人は、メシも酒も満足するまで摂って良し」とは、なりそうもない。

結局、肥満の定義も曖昧のまま、という事に落ち着きそうだ。

【文責:知取気亭主人】
  


「キレイ」の定義も色々ありそう
 
 

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