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知取気亭主人の四方山話
 

『食の好みは変わるもの?』

 

2012年4月4日

1月で91歳になった母は、昨年の3月と5月に発症した軽い脳梗塞の影響で咀嚼が不自由になり、6月に胃瘻――人為的に皮膚と胃に孔を開け、チューブを装着して、水分・栄養を流入させるための処置――の手術を受けた。そのお蔭で栄養は確保できるようになったのだが、感染症の危険と隣り合わせとなっていて、入院生活を余儀なくされている。また、以前転んだ拍子に大腿骨を骨折して、以来、歩行が不自由になっていた為、本人にとっても我々家族にとっても辛いことだが、リハビリの時間以外は寝たきりの生活になっている。

寝たきりになると刺激が少なくなるのか、寂しいことに、入院以来少しずつ私達家族を認識できなくなってきている。同じ週でも、私達を認識できる日もあれば出来ない日もあり、安定はしていない。見舞いに行く度に、「今日は分かるかな」と思いながら出掛け、夕食の時に、「今日は分かったよ」とか「今日はダメだったよ」と、家族で報告し合うのが、習慣になってきている。

4月1日の日曜日、そんな母の見舞いに行った時の事だ。部屋に近づくと、大きなテレビの音が聞こえてきた。いつにない音量だ。部屋に入ると、一人退院して三人部屋になった病室の中で、母が一人、備え付けのテレビを観ている。これまでにない大きなボリュームに誘われ、何気なしにテレビを観ると、漫才をやっている。それが面白いのか、体を触りながら声を掛けても、さっぱりこちらを見ない。

何とか来た事を分からせようと母の顔とテレビの間に顔を突き出して声を掛けていると、テレビから耳に入ってきたのが、「歳と共に食べ物の好みが変わってきた」というフレーズだ。母の顔を見ながら、そのフレーズを聞いていて、そう言えば嫌いなものがハッキリしていたな、と思い出した。

 

同世代の人達が皆そうだったように、母は、戦中・戦後の大変な時代を過ごしてきたこともあって、ずっと「贅沢は敵だ」と信じていた節があり、我々姉弟が腹を空かせるようなことは決してしなかったが、自分が食べつけなかったであろう貴重な食品は、殆ど受け付けなかった。特に、牛乳をはじめとする乳製品、ウナギ、それから生卵も苦手で、食卓に乗せることはあっても自分は箸を付けようともしなかった。私が近くの川でウナギを捕まえた時でも、魚屋に売りに行くばかりで、ついぞ家で食べることはなかった。その代り、やはり近くの川で捕まえてくるカニは大好物で、自分で咀嚼できたつい最近まで「カニが大好き」は変わらなかった。

多分、ウナギは蛇を連想してしまい気持ち悪くて見るのもイヤ、といったところだろう。一方、今は手頃な値段で売られている牛乳や卵は、昔は結構高価な物で、母の子供の頃に食べることは滅多になかったのだろうと思う。私の子供の頃でさえも、店で売られている卵は、もみ殻で満たされたミカン箱の中に保管されていて、1個単位で扱われるほど貴重で今よりも高かった、と記憶している。食べつけなかった物が、苦手になるのは無理からぬことだ。それを思うと、テレビの中では「歳と共に食べ物の好みが変わってきた」と言っていたが、食べられなかった物が食べられるようになった、という意味ではなさそうだ。

勿論、子供の頃に食べられなかったものが、大人になって食べることが出来る様になることもある。例えば、ニガウリやキムチなど、癖のある食材がすぐ思い浮かぶ。ただ、「歳と共に食べ物の好みが変わってきた」というのは、そういった事ではなく、「元々食べることが出来た食材の中で、特に好んで食べる食材が変わってきた」という事なのだろう。

我が身に照らし合わせると、40代までは肉や揚げ物が大好物だったのだが、50歳を過ぎた辺りから魚や煮物が好くなって来た事がそれに当たる、と思われる。勿論、今でもどれも好物には違いないのだが、肉と魚を並べられればどちらかと言えば魚に箸が向く、ということだ。特に、日本酒を好んで飲むようになってきた10年ほど前からは、日本酒に合う料理、例えば刺身や焼き魚などの魚料理、芋の煮っ転がしに代表される煮物料理、さらには酢の物など、いわゆる日本料理に箸が進む。食欲は若いときに比べても然程落ちていないのだが、脂っこい料理を目の前にすると、何故だか箸の動きが鈍くなるのだ。

 

多分、これまでの暴飲暴食がたたり、胃腸の方が大分お疲れになっていて、食欲中枢に「少し控えろ!」などの指令が出されているせいなのだろう。要するに、食べすぎに注意、という指令だ。そう考えると、私の場合は、恥ずかしながら飽食の結果が「食べ物の好みの変化」に繋がった、と言える。そんなに贅沢をしてきたつもりはないが、知らず知らずのうちに身に付いてしまったのかもしれない。それに比べると、母のように食べたい物を思い切り食べられない時代を生き抜いてきた人達にとっては、飽食とは縁が遠く、その分「食べ物の好みが変わってきた」ということはなかったのではなかろうか。「量が減った」ということはあっても、である。

振り返ってみれば、所持金が25円しかなく、それで1週間を過ごしたこともある貧乏学生時代には、私でさえ、食べ物の好みなどと贅沢なことは思いも浮かばなかった。それを思うと、「食べ物の好みが変わってきた」というのは、恵まれた生活を送っている証なのかもしれない。                            

 

【文責:知取気亭主人】  

 

 


 沈丁花(この匂いにも好き嫌いがあるのかな?)

  

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