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知取気亭主人の四方山話
 

『空気は読めない方が良い』

 

2012年4月11日

今、手元に二冊の本がある。一冊は、第452話の「見出しに惑わされない」で取り上げた、福島原発事故独立検証委員会による「民間事故調査委員会検証報告書」で、正式な書名を「福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書」(一般財団法人 日本再建イニシアティブ、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、という400ページを超す読み応えのある本だ。第452話では、報告書の内容をインターネットからしか入手できず、しかも概要の更に概要を基に話を進めていたこともあって、内容の確認をしたくてずっと気になっていた。そんなとき、たまたま立ち寄った本屋でこの報告書を見つけ、迷わず買い求めた。そして、期待に違わない内容に、"満足"と共に"強烈な腹立たしさ"を覚えている。

そしてもう一冊が、山本七平の「空気の研究」(文春文庫)である。「空気」といっても、「空気は、窒素と酸素と二酸化炭素……」の様な科学的な内容ではない。タイトルだけを見ると、前述の報告書と何らの関係もなさそうであるが、報告書を読み始めて直ぐに、どうしてもこの「空気の研究」も紹介しなければ、と思ったのだ。その理由は後程お話するが、両方の本を読めば、私の思いを理解して頂ける筈だ。また、そう思い込ませるのに十分な内容なのだ。因みに、著者の山本は、イザヤ・ベンダサンのペンネームで、我々の年代では良く知られた「日本人とユダヤ人」を著したとされる人物である。

 

さて、一冊目として紹介した報告書は、公表されるや、多くのメディアで取り上げられ、全国的に話題となった。私もどうしても手に入れたいと思ったのだが、公表された時点では、出版の予定は無いとインターネットで発表されていたため、手に入れることは諦めていた。ところが、その報告書が書店に平積みされていたのだ。見つけた時に小躍りしたのは言うまでもない。勿論買い求め、そして直ぐに読み始めた。

読めば読むほど、原発事故の病巣が根深い事を思い知らされる。そして、これ程までに深刻な事態になった原因が、メディアが集中攻撃した菅前首相や政府官邸の判断や対応の拙さばかりでない事が明らかにされていて、以前取り上げた内容に齟齬がないことを確認でき、ほっと胸を撫で下ろしているところでもある。

報告書は、多岐に亘って調査・分析・検証をしている。「第1部 事故・被害の経緯」から始まり、前首相や官邸を中心に事故にどう取り組んできたかを扱った「第2部 原発事故への対応」、そして「第3部 歴史的・構造的要因の分析」では病巣の根深さを浮かび上がらせ、最後に「第4部 グローバル・コンテクスト」で今回の福島の事故を世界の中で同位置付けるかを、丁寧に記述している。メディアがポピュリズムを色濃く出した偏りのある報道をしているのに比べ、書かれている内容はあくまで中立的であり、そして深く掘り下げていて気持ち良い。私如きが言うのもおこがましいが、福島原発事故独立検証委員会の委員やスタッフの皆さんの良心が窺える、極めて良質な報告書となっている。そして、良質であるからこそ、読み進むほどに、腹立たしいことが明らかになってくる。

 

その一例を挙げてみる。1990年に原子力安全委員会が、論理的根拠が曖昧のまま出した、「全交流電源喪失という状態を考慮する必要はない」との安全設計審査指針に関してが、最も腹立たしい。このこと自体もお粗末な話だが、報告書では、指針を出した後に海外で起こった電源がらみの事故を2例紹介し、これらを教訓にすべきだったのに少しも学んでいないことを明らかにしている。1999年12月に、フランスのルブレイエ原子力発電所で、ジロンド河の溢水によって外部電源を喪失し加えてポンプや配電設備などが浸水して安全系を喪失した事故、そして2004年12月のスマトラ沖地震の際に、津波の被害を受けたインド・マドラスの原子炉が、ポンプのモーターが水没して原子炉が停止した事故の2例である。このように、福島ほど深刻ではないにしろ海外で電源関連の事故が発生していたのに、「考慮する必要はない」の見直しは、全くされていないという。報告書では、「日本の規制関係者がこれらの事例を重視した形跡は見当たらない」と述べ、規制当局のリスク認識能力が十分でなかった、と厳しく指摘している。要するに、これら海外の原発事故を、対岸の火事としてしまっているのである。そこには、「日本の原発の安全性は世界一」との、根拠の無い驕りが見え隠れする。

また、日本が世界有数の地震国であるにも拘らず、地震などの外部事象リスクに対する規制関係者の認識不足と、「備え」が不十分であったことが明らかにされているのだが、これも論外な話だ。原子力発電所の安全は、何事にも優先されるべきであるのに、である。こういった安全に対する意識の低さを、「『安全文化』が、日本の原子力安全規制システムにおいては十分に醸成されていなかった、ということに尽きる」と一刀両断にしている。

紹介したいことはまだまだ山ほどあるのだが、紙面と私の筆力の関係上、紹介できるのは残念ながらここまでだ。読み応えのある報告書ではあるが、福島の悲劇がなぜ惹き起こされたか、ポピュリズムに流されず、事故原因の核心を知り今後の原子力行政を注視していくためにも、是非読んでいただきたい本である。

 

事故調査・検証の本報告書が発表されたばかりだというのに、早くも、原発再稼働への動きが報じられている。しかし、本報告書で指摘されている問題点が置き去りにされたままでは、安全性確保が万全だとは言い難い。今度こそ、再稼働させる前に、しっかりとしたリスクの洗い出しと評価を行い、万全の安全対策を講じてもらいたい。それが、再稼働の前提条件だと思うのだが……。

 

さて、それでは最後に、「空気の研究」を何故紹介したかったか、を述べておこう。 報告書の冒頭に、独立検証委員会委員長の北澤宏一氏が、「不幸な事故の背景を明らかにし 安全な国を目指す教訓に」のタイトルで委員長メッセージを寄せている。そのメッセージの中で、原発関係者の中で共有されていた「安全神話」は安全維持の仕組みが制度的に形骸化した象徴、と指摘し、その安全神話に縛られて、「『安全をより高める』といった言葉を使ってはならない雰囲気が醸成されていました」と述べている。つまり、既に安全なのだから、"今よりも安全を高める"などという言葉は使ってはいけない"空気"になっていた、ということである。山本が言いたかった「空気」とは、正にそのことだ。

日下公人は「空気の研究」の解説の中で、「"空気"は驚くべき力を発揮して、あらゆる論理や主張を超え、人々を拘束する」と述べているが、最先端科学技術の粋を集めた原発のそこかしこにも、その"空気"が入り込んでいたのだ。日本人の持つこの独特な発想、「空気を読む」が、「空気は読めない方が良い」となる日は来るのだろうか。報告書を読む限り、その日が来ないと、原発の安全性は心もとないばかりである。

 


 

『福島原発事故 独立検証委員会』

【著者】福島原発事故独立検証委員会


【出版社】 ディスカヴァー・トゥエンティワン
【発売日】 2012/3/12 
【ISBN-10】 4799311581
【ISBN-13】 978-4799311585
【ページ】単行本(ソフトカバー): 412ページ
【本体価格】 \1,575

 


 

『空気の研究』

【著者】山本 七平


【出版社】 文藝春秋
【発売日】 1983/10
【ISBN-10】4167306034
【ISBN-13】978-4167306038
【ページ】 文庫: 237ページ
【本体価格】 \490

 

 

【文責:知取気亭主人】

 

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