2012年4月18日
世界には戒めや教訓を短い言葉で言い表した優れた故事や諺があり、会話や文章の中で使うと、言いたいことを長々と説明するよりも、余程相手に伝わる場合が多い。これも、故事や諺が、失敗や苦労を重ねてきた先人の経験からくる言葉だからだ。勿論、皆さんご存知のように、日本にも沢山の諺がある。そんな中に、「宝の持ち腐れ」というのがある。日本独特のものなのかもしれないのだが、「役に立つものを持っているのに、ただ持っているだけで、全く利用しないこと」の例えとして、よく使われている。
私が最近持ち始めた「iPhone」なども、限られた機能しか使えない私にとっては、正に「宝の持ち腐れ」と言えるのだろう。そんな他愛ない話は兎も角として、有ってはならない事なのだが、日本の国家レベルで、とてつもなく高価な宝が持ち腐られているのがつい最近露見し、国に対する信頼がまたも揺らいでしまっている。
世界各国の懸念や中止要請を無視し、尚且つ外国のメディアまで迎えて大々的に喧伝していた、北朝鮮の自称“人工衛星”――日本を始めとする他国はミサイルとみている(以下、本文でもミサイルとして話を続ける)――が、13日に強行発射された。そのミサイルに関して、多くの国民が注視・心配する中、緊張感に包まれていた地域では一刻も早く知りたかった発射情報が、韓国などと比べると随分と遅れてしまった。その情報伝達にと用意していた、所謂“宝”が、殆ど利用されていなかったのが明らかとなったのだ。
14日の朝日新聞朝刊によれば、13日の7時39分頃(日本と韓国は時差がない)打ち上げられたミサイルは、予定の軌道に乗せることが出来ず、約2分後に爆発分解して、韓国沖の黄海に落下したという。このミサイル打ち上げの様子は、韓国や日本などの近隣諸国を始めアメリカなどが監視を続けていて、発射から21分後の8時には韓国国防省が正式発表、26分後の8時5分には遠く離れたアメリカのCNNテレビが発射の速報を流していたという。そして、約1時間後の8時40分には、韓国国防省が、発射は失敗したものとみられる、と失敗についても言及している。では、地対空誘導弾PAC3まで配備した、我が日本ではどうだったのだろうか。
同じく朝日新聞によれば、防衛省がアメリカの早期警戒衛星(SEW)からの情報として発射情報を入手したのが、約2分後の7時40分頃だったという。しかし、この情報は、広く国民に知らされるどころか、PAC3が配備され緊張感を持って注視していた沖縄県にさえも知らされることはなかった。発射情報が防衛相から発表されたのは、44分も経った8時23分であったという。隣接している韓国に遅れることは仕方ないにしても、北朝鮮から遠く離れたアメリカにも大幅に遅れ、しかも44分も経ってから発表とは、物々しい警戒態勢を取っていたにしてはお粗末だ。警戒態勢は確かに緊急事態を思わせたが、発射後の情報管理は緊急事態とは程遠い状況だと言わざるを得ない。そして、緊急時に威力を発揮する予定だった、「Jアラート」や「エムネット」の緊急情報システムも、全くと言って良い程使われていなかったことが明らかになっている。
「Jアラート」は、全国瞬時警報システムの通称で、大規模災害やテロなどが発生した際に、通信衛星と市町村の防災行政無線を利用して、緊急情報を住民へ瞬時に伝達するシステムで、2007年から一部の地方公共団体を皮切りに運用を開始している。今回のこの騒動でも、当然、本システムの使用が警戒態勢の中に組み込まれていた。ところが、日本で一番緊張していた沖縄県で、県庁職員が「Jアラート」の端末の前で待ち構えていたにも拘らず、アラームが鳴ることはなかったという。因みに、Wikipediaによれば、本システムの設置・整備には、防災無線の設置費用を除いても、平均700万円も掛るらしい。
一方、「エムネット」は、緊急情報ネットワークシステムの通称で、行政専用回線を利用して、国と地方公共団体との間で緊急情報をやり取りするシステムだが、このシステムも有効に利用されたとは言い難い。8時過ぎにはテレビで発射のニュースが流れていたのに、「エムネット」を通じ、「(発射は)確認中だが、我が国への影響はない」との速報を流したのが、8時30分だったという。発射から凡そ50分も経っている。名前の頭についている「緊急」の文字が泣く、というものだ。
「慎重を期したため確認に手間取った」というのが官邸の言い分だが、遅れるにも程がある。こういった緊急事態にこそ備え整備しているシステムなのに、状況に即した使われ方が全くされていない。しかも、これらのシステムには、かなりの税金が投入されている筈だ。その上、昨年の12月には、打ち上げ費用と衛星開発費用を足すと500億円を超す巨費を投じて、情報収集衛星が打ち上げられている。以前に打ち上げられ運用している情報収集衛星を合わせれば、情報収集の為に投じられた費用は莫大なものだ。
そういった巨額の費用、言い換えれば税金を投入して構築した筈の情報収集、そして情報伝達システムが本来の役目を果たしていないとなれば、「宝の持ち腐れ」と言わずして何と言おうか。それにしても、先人もまさか、国家の緊急事態に関わることで自分たちの戒めが使われるとは、思ってもみなかっただろう。今すぐにでも、“宝”を“宝”として使える様にしてほしいものである。
【文責:知取気亭主人】
桜
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