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知取気亭主人の四方山話
 

『第六感』

 

2012年6月27日

ヒトには、基本的に備わっている、「五感」と呼ばれる能力がある。よく言われる、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、の五つの感覚だ。そして、これらの感覚を感じる器官として、目、耳、鼻、舌、皮膚がある。これらの“目に見える器官”が感じ取る感覚以外に、「何となく嫌な予感がして違う道を来た。お蔭で事故に巻き込まれずに済んだ」など、未来を予知できたりする神秘的な能力もヒトには備わっているらしい。所謂、虫の知らせ、というやつだ。勿論、その感覚には、ヒトによって“鈍い”、“鋭い”の程度の差がある。我々凡人には出来ないのに剣の達人が“殺気”を感じ取ることが出来る、と言えば分かり易いだろうか。こういった、上手く説明できない感覚を、私達は「第六感」と呼んでいる。

「平衡感覚」を六番目の能力として数える、という意見も聞いたことはあるが、ここで言う「第六感」は、“勘”とか“直感”、或いは“予感”などと呼ばれる類のもので、理屈では説明し難い能力のことだ。そして、そういった能力は、広く万人に備わってはいるものの、「五感」の様に誰も同じ程度というわけではなく、集中力があり、純真な心の持ち主ほど高いのではないかと思っている。例えば、剣の達人然りであり、幼児然りである。

その「第六感」に関して、先日、孫を迎えに行った家内から驚きの話を聞いた。孫が通う保育園の先生が「孫(1歳9ヶ月)位の幼児は、お母さんのお腹にいる赤ちゃんが見える」と言っていた、というのだ。しかも、「男の子か女の子かも分かる」というから一層驚いてしまう。我々大人は、超音波検診の映像でしか見えないし、しかもある程度月数が経って初めて男女を見極められるのだが、もし先生の言っていることが正しいとすれば、幼児の「第六感」能力は、現代科学の域を遥かに超えている事になる。まるで透視眼を持っているかのように、お腹の中の、しかもまだ人間の形をしていない赤ちゃんを、感じ取ってしまうというのだから凄い。それも、怪しい占い師の“怪しい話”ではない。

何故そんな話題を紹介したかというと、実は、まだ弟か妹か分からないのだが、嫁が二人目の子を妊娠したのだ。当然、息子夫婦や我々老夫婦は大喜びしている。ところが、 “つわり”に悩まされ始めた頃から、孫の様子が何だか少し変なのだ。まだ、お腹も出ていないのでお母さんの外見は殆ど変わっていないのだが、それまで滅多に見せなかった“愚図り”が度々見られるようになって来た。両親に対する“甘え”も、時に激しく、またある時は疎遠な素振りも見せている。まるで、両親の愛情の深さを試しているかのように見える。私達大人には見えない赤ちゃんに、早くも嫉妬しているのだろうか?

確かに、小さな子供は、下の子が誕生すると赤ちゃん返りをしたりそれまで以上に甘えたりする、とは良く聞く。四人の子供を育てた家内なども良く言う。ただ、そういった言動は、赤ちゃんが誕生して、弟か妹がこの世の中にデビューしてからの事だと思っていた。百歩譲っても、お母さんのお腹が膨らんで、周りの誰が見ても妊娠しているのが分かる頃からだ、と思っていた。しかし、孫の様子を見ていると、もっと前から母親の変化に気付いている節がある。実際、保育園の先生の話を信ずれば、納得できる行動だ。先生が言うように、孫には既に赤ちゃんの姿が見えているのだろう。

そうしてみると、科学技術のお世話にならないとお腹の中の赤ちゃんを見通すことができない我々大人に比べると、幼児の「第六感」は遥かに優れている事が分かる。生まれた時には万人に備わっていた優れた能力は、私ばかりでなく多くの大人がそうであるように、俗世間の垢にまみれ、欲と二人連れの人生を歩んで来るうちに、衰えてしまったのだろう。悔しいけれど、穢れを知らない純真な心の持ち主だけがそういった能力を失わないでいる、と考えてよさそうだ。

いずれにしても、上手く説明できない能力ながら、我々ヒトには確かに「第六感」と呼ばれる能力が備わっている、と思えるようになってきた。まだ解明されていないだけで、近い将来、その感覚を司る器官の解明がなされるのではないか、そんな期待も湧いてくる。

もうひとつ、ヒトには確かに「第六感」の能力が備わっているのではないか、と感じた話題がある。今度は、誕生間もない幼児とは真逆の話だ。しかも、死に際しての話だ。6月21日のYOMIURI ONLINEに、「自宅で看取られて亡くなった患者のうち約4割が、既に亡くなっている親の姿を見たと語るなど、所謂「お迎え」体験を持っている」という内容の記事が載った。家族を看取った遺族1,191人にアンケートした結果だという。

どういう状態で亡くなったかは書かれていないので推定でしか書けないが、自宅で看取ったという事は、きっと安らかな最後だったに違いない。また、死に直面していても、心は澄み清らかだったに違いない。それは、「“お迎え”を体験した後の患者は、死に対する不安が和らぐように見える場合が多く…」と書かれていることからも窺える。

死に直面して、幼児の様に純真な心に返ることが出来、「第六感」の能力も蘇ったのではなかろうか。そう考えると、 “純真な心”こそが、「第六感」の重要な器官なのかもしれない。

【文責:知取気亭主人】

  
ツバメ(動物の第六感はもっと優れている?)
 

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