2012年8月29日
昔、今は亡き作家の小田実が、自身の貧乏世界一周旅行記「何でも見てやろう」(1961年、河出書房)を出版し、当時の若者たちを中心に一世を風靡したことがある。「貪欲に、世界のあらゆる人達と語り合いなんでも経験してやろう」という思いの詰まった本だ。まだ見ぬ世界への憧れがあったに違いない。世界の情報が今に比べて極めて少なかった時代であるから、血気盛んな若者にとっては無理からぬことだ。ところが、作者の様な青年ばかりでなく、未だまともな会話さえ出来ない小さな幼児にも同じ様に強い興味や欲求があることを気付かされ、改めて驚いている。
もうすぐ2歳になる孫娘の行動を見ていると、足下もおぼつかない小さな体にも拘らず、血気盛んだった当時の小田実青年に負けず劣らず、「未体験なものに対する強い興味と、知りたいという抑えがたい欲求」を持っていることが良く分かる。その典型的なものが、幼児特有のなんでも口にするあの行動だ。
孫娘に限らず、幼児は手に触れる物を良く口にする。「食べられるかどうか?」とか、「美味いかどうか?」とかは殆ど考えずに、兎に角手が届いて動かせるものは何でも口に入れようとする。見ただけで口には入らないと判断できる大きさの物まで、ありとあらゆる物が対象だ。多分、口をセンサー代わりに使っているのだろう。口が一番敏感なのかもしれない。おかげで、大人がチョッと目を離した隙にとんでもない物まで口にして、ビックリさせられることが良くある。思い返してみると、我が家の子供も結構色々なものを口にして、ハラハラ、ドキドキさせられたものだった。
我々夫婦が知っているだけでも、長男は小石を食べたし、次男はダンゴムシを食べた。口の中に石やダンゴムシの殻のかけらがあるのを家内が見つけ、腰を抜かさんばっかりにビックリした、と後から笑い話として聞かされた。こればかりではない、次男は、子沢山で目が行き届かなかったせいか、他にも驚くような物を口にしている。例えば、灯油をポリタンクから石油ストーブに移す時に使うポンプの一方の管を口にくわえ、「下手をすると肺炎になるよ」と脅されて大学病院の救急外来に走ったこともある。柔らかい方の管をチュッチュと吸ったらしい。急いで帰宅して抱きかかえると、口から灯油の臭いがしたのを今でも鮮明に覚えている。未だ味覚が定まっていなかったからなのだろう。大人なら吐き気を催す味と臭いなのに、暫くくわえていたらしい。大好きだった牛乳と間違えたのかもしれない。
と子供たちの失敗談を書いてはいるが、多分、私も家内も同じような事をやって来たのだろう。「子供を見れば親が分かる」とも言うから、想像に難くない。そんな「何でも食べてやろう」精神は、しっかりと孫娘にも受け継がれていて、周りの大人はハラハラ、ドキドキさせられている。
旧盆の暑い日だった。12日の日曜日、バーベキュー用の買い物を済ませて帰ると、長男が少しうろたえている。聞いてみると、孫娘が丸い磁石(直径1.5センチ、厚さ0.4センチ程度)を飲み込んだ、というのだ。冷蔵庫のドアにチョットしたメモなどを挟むときに使う、アレだ。ただ、飲んだところを見た訳では無いので、実際は飲んでいないかもしれない、ともいう。急いで私も参加して探したのだが、結局見つからない。
当番医を捜し、早速夕方医者に連れて行った。その結果、レントゲンにしっかりと磁石が映っていて、残念ながら、飲み込んだのは間違いない事が分かった。後は、「どうやって取り出すか」という事なのだが、思った通り、医者からは「便と一緒に自然に出るのを待つのが一番」と教えられた。それから、宝探しの毎日となった。便が出る度に、磁石探しが日課となったのだ。
が、やがて二週間が過ぎようとしているのに、一向に宝は見つからない。保育園からの連絡帳にも、「見つかった!」という待ち遠しい記載はまだ無い。宝が埋もれたまま流してしまった可能性もあるのだが、息子夫婦からも「見つかった!」という嬉しい報告はまだないし、我が家でも見つかっていない。ただ、飲んだ本人はいたって元気だから、今のところ、宝が悪さをしている可能性は低そうではあるのだが……。
それにしても、幼児の興味は尽きることがないようだ。ガーゼに風呂の水をタップリと含ませてそれをチュッチュと吸ったり、浴槽の止水栓の裏側をコップ代わりに使って風呂水を飲んだりして、幼児ならではの遊びをしたかと思えば、キムチや梅干し、あるいは酢の物など大人が食べているものを口にして思わず吐き出したりと、見ている者をハラハラ、ドキドキさせている。こういった行動が、一歩間違うと今回のような「誤飲」へと繋がり、大事に至る場合もあるのだ。抱いた興味はある程度満足させてもやりたいが、身の危険を冒してまではさせられない。やはり、暫くは目が離せない、ということだ。
さて、この駄文をほぼ書き終えていた27日の月曜日、2度目のレントゲン検査に連れて行った長男から、「出たみたい!レントゲンに写っていなかった」の嬉しい連絡が入った。ヤレヤレ、ホッと一安心である。
【文責:知取気亭主人】
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何でも食べてやるわよ!
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