2012年10月31日
今、ソウシハギという聞き慣れない魚が、俄に注目を浴びている。カワハギ科の一種で、内臓にフグ毒「テトロドトキシン」の約70倍も強いと言われる「パリトキシン」と呼ばれる猛毒を持っている、という危険極まりない魚だ。そんな危険な魚なのに、これまでニュースに登場した、という記憶がない。今頃になって何故突然注目を浴びているかというと、元々は暖かい海に生息していて寒い地方ではあまり見られなかった魚だったのだが、日本近海の海水温の上昇により日本全国で見られるようになり、しかも雑食性が強く良く釣れる為、一般の食卓に上る危険性が増えてきたからだ。しかも、これまで馴染みが無い為、漁師でもそんな危険な魚であることを知らない人が多い、というから恐ろしい。
このソウシハギ、テレビの映像で見る限り、形はウマズラハギに似ていて、愛嬌のある顔付きをしている。その他、南洋系の魚らしく派手な色の文様を身にまとっているから、覚えてしまえば比較的簡単に見分けは付けられそうだ。しかし、「毒を持っている魚だ」という認識が行き渡っていない事を考えると、「フグ以外安心して食べられる」と思っている私のような素人にとっては、極めて危険な魚と言える。また、釣ってきた魚を自ら調理して食べることを無類の楽しみにしている太公望達にとっても、何とも厄介な話である。
このソウシハギのニュースを聞いて、海水温の上昇に伴って北上してきた別の海の刺客を思い出した。ヒョウモンダコだ。何年か前に、「猛毒のタコ北上!」とセンセーショナルな見出しでニュースになったから、ご存知の方もいるだろう。体長10センチほどの小さなタコだが、フグ毒と同じ「テトロドトキシン」を持っていて、噛まれると死に至る場合もあるという。愛嬌のある姿形に似合わず、結構危険な生物なのだ。
このタコもソウシハギと同じく南方系の生物らしいが、海水温の上昇とともに北上を続け、九州の天草地方では10年ほど前から度々目撃されるようになったという。以前は冬場の寒さで死滅していたものが、海水温の上昇によって越冬できる個体が徐々に増えてきているのではないか、とみられていて、京都府の沿岸でも見つかったと報じられている。決して、“タコの八ちゃん”などと侮ってはいけない。地球温暖化の影響がこんなところにも出ているとは何ともやるせないが、子供の大好きな磯遊びも今まで以上の注意が必要な時代となってしまったようだ。ところが、危ないのは磯遊びだけではない。磯から離れ、綺麗な海に潜って楽しむスキューバダイビングにも、危険な生物が影を落とし始めているという。
スキューバダイビングの楽しみといえば、綺麗なサンゴと、そこに集まる豊かな生物達だ。そんなダイビングの人気スポットが和歌山県の串本沖にあるそうだが、ここにサンゴを蝕むオニヒトデが度々異常発生するようになってきたという。沖縄など暖かい海に生息するオニヒトデは、紀伊半島沖の海が北限で、串本辺りでは本来そんなに多数生息しているものではないらしい。それが度々異常発生するようになって来たというのは、海の富栄養化の説もあるようだが、串本の沿岸が越冬できるような海水温になって来ているのが主な原因ではないか、とみられている。
そしてこのオニヒトデ、北陸の海岸でもよく見かける刺のないヒトデと違って、一杯身にまとっているあの刺に毒があり、駆除の最中に誤って刺され死亡した例もあるという。それ程強い毒を持っているらしい。しかも、駆除中に刺される人は結構いるらしく、サンゴを守るのもまさに命がけである。
テレビ報道によれば、安全な駆除方法として“酢酸”を大型の注射針のようなもので注入する方法が編み出され、以前に比べ大分安全に作業できるようになったというのだが、それでも刺されないように細心の注意が必要らしい。ダイバーの方々の危険で地道な戦いが、まだまだ続きそうだ。
以上紹介したように、海水温の上昇と共に、これまで見られなかった南方系の“危ない生物”が、日本の沿岸に住み着き始めている。彼らにとってはまだ不安定で厳しい環境である筈なのに、自然界の生物は逞しいものである。海流という自動運搬装置があるとはいえ、少しの温度変化に素早く反応し、自らの
テリトリーを見事に広げていく。元々生育環境が厳しい海に乗り出してきているのだから、彼らとて、“海水温が元に戻れば死滅する”というリスクを肌で感じているに違いない。しかし、そういったリスクの壁は年々低くなり、彼らが獲得した領海は、確実に北へ北へと広がりつつあるようだ。勿論、逆に
テリトリーが狭まっていく海の生き物も沢山いる。
陸地と違って、海水は温まりやすく冷めにくい。一旦上昇した海水温は、時間を掛けてゆっくりとしか下がらない。したがって、人為的に高めたであろう海水温の上昇分を、一日も早く下げ始めることが必要だ。世界の多くの人は、それが分かってはいる。しかし、残念ながら即効性のある効果的な手は打てないでいる。
話は飛んで、海と真逆の空に目を向けると、こちらは環境改善の話がニュースになった。気象庁が、「今年の南極のオゾンホールの大きさが90年代以降で最小になった」と発表したのだ。観測史上最も大きかったのは2000年だったというから、フロンガスの規制など各国の努力の結果、ホールは縮小してきているのだろう。やれば出来るのだ。尤も、世界気象機関が「80年以前の水準に戻るには今世紀半ば以降までかかる」と予測しているように、元の環境に戻すには、努力をし続ける長い、長い時間が必要なのである。海も然りである。
【文責:知取気亭主人】
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アケビ
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