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知取気亭主人の四方山話
 

『内輪の理論』

 

2013年1月16日

9日の夕方、赤信号で停車していた私の目の前で、人身事故が発生した。前を横切る青信号の横断歩道を――私から見て左から右に――渡っていた若い女性が、同じ方向から来て右折しようとした、若いお母さん運転の軽自動車に撥ねられたのだ。先頭で停車していた私の本当に目の前で起こった事故だ。

スピードは20キロほどしか出ていなかったと思われるが、被害者の女性は右フェンダーに乗り上げ、私の車の右ドア付近に軽々と飛ばされてしまった。大怪我をしたのではないかと心配したのだが、救助に駆け付けた時に右大腿部をすごく痛がっていたので、このあたりの骨折の可能性があるものの、頭を打った様子はなく、意識もハッキリしていて命に別状なさそうだったのは不幸中の幸いだった。ただ、はねた車に同乗していた3歳の幼児が怯えていたことと、警察を待つ間に妊娠中だというお母さんが「少し気分が悪くなった」と訴えたのが気になった。

私はというと、この事故を目の前で目撃していたもう一台の運転手と、救急車の手配など事故処理の手伝いをし、「先頭で目撃した者の責任として目撃証言をしなければいけない」と判断し、現場で警察を待った。寒い中で待つこと凡そ30分、やっと到着した警察官に、見ていた一部始終の状況説明をした。これで終いかと思ったが、私が乗っていた車とともにスナップ写真を撮られ、最後に「ありがとうございました。何かあったらまた連絡します」の言葉を掛けられて事情聴取は終わった。

正月早々の嫌な事故だったが、この様に、事故や事件が発生した場合には、その当事者は勿論のこと、目撃者にも事情聴取をして真実を突き止めるのが極普通のやり方だ。そうでなければ、事実を誤認し、間違った判断や見当違いな処罰をしかねない。単純な展開で視聴者でも容易に犯人が推定できるテレビのサスペンスドラマでさえ、犯人を追いつめる敏腕刑事は、同じように幅広い沢山の人達から証拠を集めていき、言い逃れができないような状況をつくり自白をさせている。決して、どちらか一方の話しだけを聞いて、“捜査終了”とお茶を濁すようなことはしていない。事件や事故の真相を解明するには、そんな手抜き捜査は絶対にやってはいけない事だ。

民事にしろ、刑事にしろ、現行日本の裁判制度もそのようになっている。判決を下す裁判官や裁判員は、原告や被告の陳述に加え、参考人等の陳述、さらには弁護人や検察官の意見などを総合的に判断して、少しでも誤った判断の可能性を排除しようとしているのだ。また、それが被害者、加害者双方に与えられた権利でもある。

ところが、今マスコミで大きく取り上げられている、昨年12月23日に大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンだった2年男子生徒が顧問の男性教諭ら体罰を受けた翌日に自殺した問題では、そんな手抜き調査が堂々と行われてしまったらしい。事前に体罰が横行している情報が寄せられたにも拘わらず、折角の調査をした際に、体罰を受けている生徒の側の調査をせずに幕を引いてしまった、というのだから呆れてものも言えない。

同高のバスケ部顧問を巡っては、一昨年の2011年9月に、「体罰が横行している」との電話が市の公益通報の窓口に寄せられていた、というのだ。自殺する15ヶ月も前のことだ。ところが、当時の校長は当事者を含む各運動部の顧問から話を聞いただけで、生徒には聞き取りをせず、「体罰はなかった」と判断していた、というから驚いてしまう。

15ヶ月も前に通報があり、折角“自殺という最悪の事態”を防ぐチャンスがあったのに、教師の側で自らそのチャンスの芽を摘み取ってしまった。その責任は極めて重い。情報が寄せられた時に適切な指導や対応が出来ていれば、恐らく、生徒は自殺せずに済んだ筈だ。ところが、調査を実施したという学校や市の教育委員会は、そうしなかった。そこには、真実を明らかにしようという姿勢は感じられない。何故なのだろうか。

加害者だけの言い分を聞き生徒からの聞き取りをしなかった理由や、被害者の権利を行使させなかった事を、学校側はどう説明し、どう納得させるのだろう。今となっては、遺族や生徒達が納得できる説明は出来まい。これまでの自殺問題と同じように、自分達の対応が間違っていたと、今頃になって気が付いたに違いない。犠牲者が出ないと気が付かないほど、生徒の心の痛みには関心が無い、という事なのだろうか?

生徒同士の虐めも含め、これだけ生徒の自殺が後を絶たず、しかもその度に学校や教育委員会の対応に強い批判が寄せられているにも拘らず、またも同じような“内輪の理論”で事を収めてしまうとは、悲しい事だ。これでは、教師と生徒の信頼関係も心もとない限りである。一生懸命頑張っている先生も救われない。

時代は違うが、以前(第396話、「先生、この本読んで」)紹介した本、「柚子の花咲く」に描かれているような、先生と生徒の関係を今の時代に求めることは、難しい事なのだろうか…。

【文責:知取気亭主人】

  

 
「柚子の花咲く」

【出版社】 朝日新聞出版サービス
【発行年月】 2010年06月
【ISBN】 9784022507532
【サイズ】 19cm(B6)
【ページ】 309ページ
【本体価格】 \1785(税込)
 

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