2013年7月17日
自然の豊かさの指標の一つとして、鳥がいる。中でも、我々日本人に一番身近な鳥と言えば、昔からよく絵にも描かれているスズメが第一ではなかろうか。今ではその数も随分減ってしまったように感じるが、私がまだ小学生だった昭和30年代には、身の回りで一番目にしたのはスズメだった。特に稲刈りの頃には、大きな集団でやかましい位、田んぼに群がっていたのを良く覚えている。どこに行っても目にした鳥で、周囲を山に囲まれた小さな町だったこともあって、カラスやハト以上に身近に感じていたものだ。
身近にいれば、遊びの天才である子供にとって、格好の遊び相手になるのは言うまでもない。しかも、ともすれば子供のすることは残虐で、スズメにとっては、生死に係わる空恐ろしい遊びである。「焼き鳥にして食べてしまえ!」という発想は毛頭なかったが、捕まえること自体にワクワク感があったのだ。
そのスズメを始めメジロやその他名の知れぬ小鳥を獲ろうと、“鳥もち”を使ったりレンガを使ったり、あるいは“竹で編んだざる”を使ったり、高学年になると、その場所に生えている木や竹を利用して生け捕り用のワナをあれやこれやと仕掛けて、よく遊んだものである。ところが、そう簡単に捕まえられる訳も無く、唯一捕獲できたのが、レンガを使った罠に掛かったスズメだった。それでも、何十回と遣ってたった1匹だったから、確率としてはかなり低い。結局、小鳥たちの用心深さを欺くことは容易ではない、という当たり前のことを小学生時代に学ぶことになった。
尤も、一年中身近にいるスズメは、パチンコ(Y字型の木にゴムひもを張り、石などを飛ばす遊び道具)で狙われる格好の標的でもあり、「人間は天敵で恐ろしい生き物だ」という事を、きっと“チュンチュン”と代々言われてきたに違いない。ところが最近、そんなスズメの危機意識が少し鈍ってきているのではないか、と思わせる出来事に遭遇して驚いている。事の切っ掛けは、東京に住む“都会っ子スズメ”の驚きの生態だ。
6月のある日、東京に出張した時のことだ。丁度昼頃、ビル群の小さな緑地で涼んでいると、4、5匹のスズメが近くに舞い降りてきた。そして、私を全く恐れていない様子で、チョコチョコ歩きながら、少しずつ足下に寄ってくる。つま先近くに来て、ヒョイと顔を上げて私を見る。「このオッサンは渋ちんだ!」と顔相判断したのか、ペットボトルしか持っていない私を見て「くれる餌は無い!」と的確な判断をしたのか定かではないが、「おねだりしても何もくれそうもない」と分かったのだろう、5分もしないうちに飛び立った。まるで、餌をねだるハトのようだ。「きっと誰かが餌をやっているに違いない」と思っていると、案の定、親切な御仁がいた。
飛び立ったスズメたちが次に降り立ったのは、少し離れたベンチで弁当を食べ始めたサラリーマンの周りだ。観察していると、このサラリーマン、時々ご飯を足下に落としている。すると、スズメたちは何の警戒心を見せることなく、チュンチュンと鳴きながら、足下の方までご飯粒を啄みに行く。そして、取り合っていた仲間に横取りされない様に、少し離れたところまで急ぎ足で歩いて行き、そこで飲み込んでいるのだ。食べ終わると、またおねだりをしにサラリーマンの足下に舞い戻る。これを繰り返している。このサラリーマンが少々体を動かしても、舞い上がる様子は全く見せない。私が金沢で時々見る、コイン精米所に集まるスズメたちとはえらい違いだ。
私が行くコイン精米所でも、ハトとスズメによくお目に掛かる。それこそ、精米に訪れたのを見計らっていた様に、“おこぼれ”に与ろうと、彼らは何処からともなく舞い降りてくる。ところが、スズメは勿論、ハトにしても足下までは近づいて来ない。明らかに、東京のスズメとは違う。必ず、ある一定の距離を保っていて、東京のスズメほど警戒心を解いていないのだ。
私は絶滅危惧種ではない野鳥の餌付には反対の立場であるから、“おこぼれ”を与えるようなことはしていないが、これまで誰かが与えていて、それに味を占めて舞い降りてくるのだろう。しかし、足下までは来ようとしない。多分、金沢のスズメは、東京のスズメと違い、「人間の近くに行くと餌が貰えた」という成功体験がまだ少ないのかも知れない。スズメの「ここまでは大丈夫!」の自信と確信は、人間と同じように成功体験を積む度に広がって行くのだと思う。金沢のスズメは、その体験がまだ少ないのに違いない。そう考えると、逆に、“おこぼれ”を与える人が劇的に増えてくれば、足下にすり寄る勇気あるスズメが金沢に出現するのも、そう遠くないのかも知れない。そんな微笑ましい想像が強ち的外れではない、と思えるような耳寄りな話を、先日聞いた。
私がお世話になっているT医院の入り口が新しくなって、自動ドアが設置された。その自動ドアをあの小さなスズメが開けて入って来た、というのだ。人の気配も無く開いたので不思議に思ってよくよく見ると、スズメがドアの外側にチョコンと居た、というから可愛い。どう考えても、“おこぼれ”に与れる様な場所ではない。金沢のスズメも結構やるもんである。余程好奇心旺盛なスズメか、成功体験を沢山積んでいるスズメなのだろう。
ただ、もうひとつの可能性が無いでもない。訪れたのが病院だけに、切られた舌の治療をして貰いたかったりして…。
【文責:知取気亭主人】
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コスズメ
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