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知取気亭主人の四方山話
 

『歴史の中の地震』

 

2013年8月7日

先月、興味深い本を読んだ。元々、題名そのものに興味をそそられて手に取ったのだが、内容自体も期待に違わない、大変面白い本だった。歴史の授業もこんな風に、“出来事”と“年代”の記憶に終始するのではなく、「歴史上の大きな出来事は自然災害と大きく関わっていた」と教えられたら、日本史にも世界史にも、もっと興味が湧いたのかもしれない。そんな思いも感じさせる本だ。

 

2011年の3.11東日本大震災の直後に突然表舞台に登場した感のある――少なくとも一般の国民にはそう感じた筈の――「貞観地震」に代表されるように、近代化の始まる遥か昔から、日本は度々大きな災害に見舞われている。そういった歴史上の災害の様子は、「日本書紀」」や「続日本紀」、或いは各地に残されている「○○国風土記」等に書き残されていて、当時の被害状況や混乱ぶりを窺い知ることが出来る。そんなことができるのも、日本に早くから文字が根付いていたお蔭であり、加えて、文字となった貴重な資料を丁寧に保護・保管し続けてくれたお蔭である。粗末に扱われたらこういう訳にはいかない。そういう意味では、先見の明があった先人達に、深く感謝しなければいけない。

そういった貴重な古文書を紐解き、大きな被害を生じた“地震や火山の噴火”等の自然災害と、当時の政権を揺るがした――日本史の授業の中で記憶させられた――“大事件”との関わりを取り扱ったのが本書、保立道久の「歴史のなかの大地動乱――奈良・平安の地震と天皇」(岩波新書、2012年)である。著者によれば、奈良の大仏が建立された理由も、仏教を広く布教するための象徴として…、という単純なものではないらしい。

 

地震と言えば“鯰”であるが、伊藤和明著「地震と噴火の日本史」(岩波新書、2002年)によれば、「巨大鯰が地面を揺らす」と考える「鯰説」が脚光を浴びるようになったのは、江戸時代後期の事だという。どうやら、今でも冗談交じりに言われている「鯰犯人説」は、比較的新しい事らしい。それでは、江戸時代より遥か昔の人は、「何によって地震が惹き起こされている」と考えていたのだろうか。平たく言えば、天変地異の犯人は誰だ、ということである。特に、地震の活動期だったと言われている奈良・平安時代の市井の人々、そして統治の中枢にいた人達は、何に恐れ戦いていたのだろうか。

 

以前この四方山話で取り上げた井沢元彦の「逆説の日本史 1古代黎明編」では、「日本の歴史学最大の欠陥は、日本史の呪術的側面の無視ないし軽視だ」と書かれていたが、本書も井沢と同様な考え方に基づいていて大変興味深い。著者に依れば、当時の人々は「地震などの天変地異は時の権力者の手に依って無念の死を遂げた者の“怨霊”、つまり“祟り”」と考えていた、というのだ。その祟りを鎮めるために、神社仏閣を建てたり神社の格式を引き上げたりしている、という。「地震、火山の噴火、旱魃等の自然災害は“怨霊”の仕業だ」と考えるとは、いかにも日本人らしい。まさに陰陽師の世界である。

確かに、当時は自然現象の原因を探れるような科学技術はまだまだ未発達であったし、宇宙旅行が現実のものになった今でさえ、一部には“祟り”を信じている人達がいる位だから、当時の人達がそう信じていたとしても何の不思議もない。というよりは、却って「古代においては、ごく自然な考え方」と言っても良いぐらいだ。「人間の力ではどうすることもできない天変地異は、そういった目に見えない恐ろしい力によって惹き起こされている」とは、自然のあらゆる物に神を頂き、崇めた、「八百万の神々」の思想に相通じるのだろう。加えて、中国的な「天譴思想」という特異な考え方が、そんな「自然災害祟り説」をより尖峰化していったらしい。

 「天譴思想」とは、「天は王の不徳を譴責するために天変地異を起こす」とする“神秘思想”で、「王が不徳であれば天がこれを罰し、天変地異を起こす。だから王は徳政に努めなければならない」という事になるのだという。特に、歴史の授業で聞き覚えのある“長屋王”の時代には、この考え方が色濃く出ていたらしい。

長屋王は聖武天皇の叔父にあたる人で、左大臣となって天皇を補佐する重鎮だったのだが、謀反の密告により、聖武天皇によって自宅を包囲され、自死してしまう。「長屋王の変」、729年の事である。その後、大旱魃や飢饉が各地で発生し、734年には河内・大和地震が発生して、大きな被害が発生した。地震から3年後737年には、天然痘が大流行をしているらしい。これらの禍が、怨霊と化した長屋王の祟りだと考えていたのではないか、というのが著者の考え方だ。そして、その怨霊たちを鎮めるために大仏を建立した…、と繋がっていくことになるのだが、後は読んでのお楽しみだ。

 

その他の事件や出来事も、自然災害と結びつけて説明されると、“成程”とすんなりと納得できるから面白い。納得ついでに、「天は王の不徳を譴責するために天変地異を起こす」を考えてみた。王を為政者と考えれば、関東大震災の時の総理大臣は加藤友三郎、敗戦の年前後に発生した東南海・南海地震の時は小磯国昭など三人、昭和23年の福井地震の時は芦田均、阪神淡路大震災の時は村山富市、そして東日本大震災の時は管直人である。ウーン、何とも言えん!

 

【文責:知取気亭主人】

  

 
「歴史のなかの大地動乱 ― 奈良・平安の地震と天皇」

【著者】 保立 道久
【出版社】 岩波書店
【発行年月】 2012/8/21
【ISBN】 978-4-00-431381-6 
【サイズ】 新書判・並製(17.2 x 10.6 x 1.4 cm)
【ページ】 264ページ
【本体価格】 \861(税込)

 

 

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