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知取気亭主人の四方山話
 

『鈍る感性、失う品性』

 

2013年11月6日

前話は食の偽装などという腹立たしい問題を取り上げたので今回は楽しい話題を、と思っていたのだが、新聞を読んでいて気が変わった。2週続けて眉をひそめるようなことになって申し訳ないが、また楽しい話題は先送りだ。今回取り上げるのも日本を代表する一流ブランドに関する腹立たしい問題で、食材に関する偽装の膿を出し切らないうちの新たな醜聞だけに、我々に刻み込まれた眉間の皺は、益々深くなりそうだ。しかも格調高いと信じていたブランドの失態だけに、格式を重んじる文化が数多く残る日本の社会に在っては何となく他でもありそうな話でもあり、この報道がされて以来、息を殺して成り行きを見守っている人達が沢山いるのではないか、と要らぬ心配もしている。

それ程、ある意味衝撃的なニュースだった。その記事を読んでいたら、「食の偽装に引き続いて」ということもあって、無性に腹が立って、情けなくて、呆れかえってしまい、どうしても記憶に留めて置きたくなったのだ。報道されているのが事実だとしたら、本当に情けない。一部の人達の不祥事とは言え、大人を見る子供の冷めた眼が一段と冷たくなってしまうのではないか、と心配している。そのニュースとは、「日展」の書に関する審査で不正が行われていた、という醜聞だ。

舞台となった「日展(日本美術展覧会)」には日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5科があって、1万円を払えば誰でも応募でき、晴れて入選すれば展示してもらえるのだという。美術に関心が無くても、誰しも「日展」という言葉は聞いたことがあるだろう。この「日展」、美術に関しては日本で最も権威ある展覧会だと思っていた。したがって、当然、「審査員によって厳正且つ公正な審査が行われ、入選作品が決められている」と信じていた。広く門戸は開かれ、誰でも応募できるのだから尚更である。ところが、その審査がどうやら公正ではなかったらしい。今回「不正が行われていた」と報じられているのは、5科のうちの“書”に関して、である。

その“書”には漢字、かな、調和体(漢字かな交じり文)、篆刻(てんこく)の4部門があって、そのうち石材などに文字を彫り込む篆刻――平たく言えば書画などに押されている印章――で不正が行われていたという。報道に依れば、篆刻には有力会派が8あるのだが、あろう事か、入選者数が事前にこの8会派に振り分けられていて、これらの会派以外の応募者は一人も入選していないというのだ。「誰でも応募できる」がルールの展覧会なのに、である。これでは、公正に審査したとはとても言えない。しかも、有力者の意向が色濃く反映されていた、というのだから嘆かわしい。

まるで、先日亡くなった山崎豊子さんの作品「白い巨塔」の中で描かれていた、部下や弟子をゾロゾロと連れ歩く教授回診の異様な光景を彷彿とさせられる。時代錯誤も甚だしいが、そんな光景は、“最高権威者”と言うか“最高権力者”を頂点としたピラミッド構造の縮図にも見える。そんな風に見てみると、篆刻も含めた日本の伝統文化の中には、そういった悪しき慣行がまだまだ残っているのではないか、と疑いたくもなる。例え芸術の分野であっても、真に実力があれば大学の飛び級制度の様に先輩や師範を飛び越えて行っても良いのに、“伝統”が重しになって、そういった柔軟性が失われて来ているのではないか、と思えるのだ。そして、そんな硬直した“伝統”が脈々と受け継がれる組織だとすると、芸術の世界では最も必要だと思われる「感性」は鈍り、展覧会そのものの「品性」も失われてしまうのではないか、と心配している。

“書”の後ろに“道”を付けると「書道」になる。この“道”が付いた文化芸術は、○○派と呼ばれる会派に分かれていることが多く、それぞれの会派は正にピラミッド構造を成していて、ピラミッドの上部に行くには相当の階段を昇らなければならない。同じ“道”が付いていても「柔道」や「剣道」などのスポーツは、勝ち負けや優劣が傍目からも分かり易く、経験したことが無い観衆でも、勝負を裁く審判の判断に全幅の信頼を置いている。ところが、スポーツ以外の「書道」や「茶道」、或いは「華道」等は、「スポーツに於ける勝ち負けのルール」に相当する「作品の優劣を決める判定基準」が明瞭ではない。したがって、一定水準以上の作品は好き嫌いで優劣が判断される、と思っている。勿論、作品の優劣を見極めるには、優れた眼力が必要であることは疑いのない事実ではある。しかし、「書道」にしても「華道」にしても、人に鑑賞して楽しんでもらう事が目的であるから、一般の人が分からないような眼力で選ばれていても、我々は首をかしげるばかりである。

新聞(10月30日、朝日新聞朝刊)に「不正が行われたのではないか」と書かれているのは、2009年度分である。その他の年度については、詳しく書かれていない。しかし、勝負の様に下剋上が常の世界ならいざ知らず、階段を登るのに上位者の意向が物を言う世界では、自分達に都合の良いシステムが一朝一夕で変わるとは思えない。仮に、今回の報道通りだとすれば、8会派以外に所属していても、或いはどこの会派に所属していなくても、入選することは叶わないのだから、自ずと8会派は隆盛することになる。すると、8会派の中からこのシステムを壊そうとするエネルギーは、多分生じない。そう考えると、2009年以降も繰り返されていたのではないか、と素直に疑ってしまう。

疑いついでに言えば、今は書の1科だけではあるが、同じ穴のムジナがゾロゾロと這い出て来るのではないか、と心配もしている。加えて、1914年に日展から二科展が分離したように、今回の審査報道に端を発して、再び分離騒動が起こらなければ良いのだが…。

【文責:知取気亭主人】

  
日展には写真部門は無いが、二科展にはある。狙ってみるか!?

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