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知取気亭主人の四方山話
 

『猫は“猫まんま”を食べるか?』

 

2014年1月8日

今年は、折角の長休みだというのに、年明け早々から難題と格闘している。難題といっても、「人類の生き死にに関わる瀬戸際問題」という程深刻なものではない。ただ、猫好きにとっては、結構懐具合に影響を与えそうな話ではある。

事の発端は、以前にも登壇して頂いた主治医のT先生である。何時も診察時間の大方を“世間話”と“この四方山話のネタ話”に費やしているのだが、昨年最後の診察に行った時も、取って置きの話題を提供して頂いた。

ある夫婦とペットの猫がいると想像して頂こう。ある日のこと、仕事から帰ったご主人が、テーブルの上に乗った夕食料理の中に、美味そうな鯛の刺身を見つけた。「オッ、これで一杯やれるな!」と頬が緩んだ迄は良かったのだが…。

食卓に着き、早速刺身に箸を伸ばそうとすると、あろう事か、刺身が乗った皿を奥さんがサッと遠ざけた。ご主人は驚いて、箸を持ったまま思わず妻を見上げて言った。「何でひっこめるの?」。すると、間髪入れずに、「これはダメ!“△△ちゃん”のでしょ!」と何と猫の名前を言う。「エッ?」と怪訝そうな顔をしていると、追い打ちをかける様に、「だって、貴方は“お茶漬け”を食べられるけど、“△△ちゃん”は食べられないでしょ!」と魂消た事を言う。その後、刺身が宙を舞う程の大ゲンカをしたかどうかは定かでない。ただ、「そんな!ペットを家族同様大事にするのはまだ理解できるけど、俺よりペットの猫の方が大事かよ!」とは、ご主人の心の叫びだったに違いない。

とまあ、多少脚色はしてあるが、こんな具合の話をしてくれた。話を聞いていて直ぐに“お茶漬け”と似たような“猫まんま”が思い浮かび、先生に聞いてみた。

「エッ、猫って、自分の名前が付いているぐらいだから、それこそ“猫まんま”は大好きじゃないんですか?」

すると、驚くべき答えが返ってきた。

「最近の猫は、贅沢になって“猫まんま”など見向きもしないらしいよ!」

「エッ、そうなんですか?」

と驚いてはみたが、家に帰りよくよく考えてみると、二匹いる妻の実家の猫も“猫まんま”を食べている姿を見たことがない。義理の妹が与えているのは、ペットショップで買ってきた、ペレット状になった餌ばかりだ。想像するに、ペットショップで売られている餌(以降“市販餌”と呼ぶことにする)は、猫の口に合うというか、余程美味しいのだろう。また、飼い主にとっても、その方がお手軽で便利に違いない。栄養のバランスを気にする必要はないし、餌皿の周辺が汚れる事も無い。ただ、肉などの“市販餌”の中には人が食べるより高いものがある、というから驚いてしまう。

しかし、味も栄養も満点に作られている“市販餌”は、飼われている猫にとっても、飼っている人間にとっても、極めて便利な餌のひとつと言えそうだ。そんな便利なものが出回れば、多少でも“作る”という手間が必要な“猫まんま”は、飼い主が与えなくなってしまうのが自然の成り行きだ。結果的に、“市販餌”に慣れ親しんでしまい、昔の飼い猫に与えられていた、飼い主と同じ質素な食事は、今の“猫様”のお口に合わなくなってしまったのだと思われる。時には食事そのものを抜く事があるし、“おにぎり”だけの時や“カップ麺”で済ませる事もある我々人間から見ると、ある意味“猫の贅沢病”と言えなくもない。

私など呑兵衛が一杯やった後などに食べたくなったり、脂っこい食事が続いた時など無性に食べたくなったりする“お茶漬け”や“猫まんま”といった類の食べ物は、最早人間と豚だけが好んで食べる様になってしまっているのかもしれない。ましてや、昔の多くの飼い猫はネズミを捕るために飼われていたと承知しているのだが、そんな猫本来が持つ野生の本性なども、今の“猫様”には無縁の話になってしまっているのだろう。

しかし、話を元に戻すが、鯛の刺身とは随分贅沢な猫だ。しかも、ご主人にではなくペットの猫に買ってきた、というところが何とも切ない。奥方にとっては生活費を運んで来る旦那より甘えて癒してくれる猫の方が“大事”だ、と密かに思っている節がある。第一、鯛の刺身など人間にとっても滅多に口にできるものではない。そんな高級食材を“旦那”ではなく“△△ちゃん”にだけに買い与えるのだから、奥方も、当然旦那も気付いてはいないだろうが、恐らく、“一家の主(あるじ)”の地位はペットに取って代わられている。ひょっとして、気付いているのは、当の“△△ちゃん”だけだったりして…。

それにしても、ネズミ退治用として飼われていた頃からすると、今の猫は大層な可愛がられ様だ。くだんの話ではないが、今では、「家の中での自分の地位が向上しているな」と感じ始めている猫もいるのではないだろうか。今回は奥方が皿を遠ざけたが、今後は“△△ちゃん”が前足で箸を払いのける可能性すらある。そうなった時初めて、くだんの旦那は、主の地位を取って代わられていることに気が付き、愕然とするのかもしれない。しかし、世の男性陣にとっては、何やら身につまされる話である。

確かに、ペットで癒される人は多い。また、ペットにはセラピーとしての効用がある事も良く分かる。しかし、せめて“一家の主の地位”は、餌を与えている飼い主が守っていたいものである。その為には、我々がたまに食べたくなるように、猫もたまには欲しくなるように、時々“猫まんま”を与える事が大切ではないだろうか。こんなことを書いていたら、俄かにお茶漬けが恋しくなってきた。さて、今晩の締めは、茶漬けといくか!

【文責:知取気亭主人】

  
雪を被った寒椿

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