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知取気亭主人の四方山話
 

『信じられない出来事』

 

2014年3月26日

先週、信じられない事件が報道され、今の日本が抱える深刻な課題が、俄然浮き彫りになっている。特に、子育てをしながら仕事をしているシングルマザーや乳幼児がいる共稼ぎ世帯にとっては、とても他人事とは思えない事件だろう。また、多くの人に、「ついにここまで来たか!」と思わせるような事件でもあった。そんな風に思わせたのは、ネット経由で見つけたベビーシッターに二人の幼子を預け、そのうちの2歳の男の子が亡くなった、という皆さんご存知の悲しい事件である。

死亡していた子供を放置したまま出掛けようとしていた、と “死体遺棄容疑”で逮捕された自称ベビーシッターの男は、男の子の死因が窒息死だった事が分かったため、殺人の疑いも掛けられている。事件の詳細については今後捜査が進むにつれ明らかになってくるだろうが、色々な報道を見聞きしているうちに、事件の背景にはそう簡単に結論付けられない課題がある事が分かって来た。

ニュースを聞いた当初、この事件について家族で話をしても会社のママさん社員に聞いても、皆さん異口同音に、「見ず知らずの他人に我が子を預けるなんて信じられない!」と言っていた。私もそう感じていた。「幾ら便利だからと言っても、直接顔を合わせた事もないのに、赤の他人に我が子を預けるなんて、そんなことが良く出来るな」と、少なからず被害者の母親を責める気持ちもあった。しかし、野田聖子衆議院議員の「私もネットで探したことがある」との報道を知って、少し考え方が変わって来た。被害者の母親を一方的に責めるのは表に出てこない本質を見ないからなのかもしれない、と思えてきたのだ。

いくらベビーシッターだと言っても、面談をしないまま見ず知らずの他人に幼い我が子を預けるのは、いただけない。また、例え面談をした相手であっても、それが初対面でしかも個人だとすれば、無防備でいたいけな乳幼児を預けてしまうことに、親ならずとも不安で堪らない筈である。当然、被害者の母親も我が子の安否を気遣っていたという。しかし、止むに止まれぬ事情が有ったにせよ、結果的には預けてしまった。そして、不幸にも事件に巻き込まれてしまったのだ。不安で仕方なくても預けざるを得ないこんな日本の現状は、まるで、もがいてももがいても這い出すことの出来ない底なし沼の様にも見える。

今回の事件で浮き彫りになっている課題のひとつは、政治問題にもなっている “子育て支援”であり、今一つは、“深刻化するネット社会における犯罪”である。中でも、“子育て支援”は、急速に進んでいる少子高齢化社会の中で、働き手としての女性の社会進出を促し、少子化に歯止めをするためにはどうしても解決しなければいけない政治課題であり、近年の内閣が常に政策に掲げてきている重要課題でもある。しかし、「保育所に入れない待機児童問題が無事解決した」というニュースも聞かないし、相変わらず、働く母親にとっては厳しい状況が続いている。

親が近くに住んでいたり、兄弟や親せきが近くにいたりすれば、見ず知らずの他人に子供を預ける、という事もしなくて済む。或いは、気軽に預けられる友人・知人が、近くにいても大いに助かる。しかし、地方から出て来た人にとっては親兄弟が近くにいる人ばかりではないだろうし、また「隣は何をする人ぞ?」と地域コミュニティーが崩壊している都会では、気軽に預けられる友人・知人を持っている人は少ないのかもしれない。また、その友人・知人自身も、自分と同じように働く母親である可能性も高い。そんな中で、藁をも掴む思いでベビーシッターを探し求める人がいるのも、何と無くではあるが理解もできる。しかし、ベビーシッターの資格も監督官庁も曖昧な現状では、安心して預けるには程遠い。

そこで私の提案だが、「老人ホームのお年寄りにベビーシッターの役割を担ってもらう」というのはどうだろうか。老人ホームには子育て経験者が沢山いる筈だし、お婆ちゃん達は乳幼児の扱いにも慣れている筈である。正にベビーシッターには打って付けである。また、幼気な幼子の世話ができれば、お年寄りたちにとっては、健康維持、生きがい、そして何よりボケ防止に役立つこと請け合いである。勿論、費用は有料としよう。施設と個人の分配は、適宜決めるとして、僅かでも収入があれば、お年寄り達の励みにもなる。何にも増して、預ける側の安心感も全然違う。是非取り組んでみてほしい。勿論、法整備も必要だ。預ける母親にとっても、預けられる子供にとっても、預かるお年寄りにとっても、“三方良し”のアイデアだと思うのだが…。

さて、もう一つの“深刻化するネット社会における犯罪”だが、こちらの方は、残念ながら“これは”と言う様な解決策が思い付かない。そもそも、ネット社会は安全性と引き換えに利便性を得ているところがあり、安全と利便は相克の関係にある。また、セキュリティーソフトとウィルスのイタチごっこを見ても分かるように、今のネット技術に絶対の安全性はない。我々はその点を十分理解した上で利用する必要がある。ところが、日本人は人が良いのか、性善説を信じ切っているのかは定かでないが、直ぐに他人を信用し、騙され易い国民性を持っている。逆の言い方をすれば、リスク管理が苦手で自己責任の考え方が未発達だ、とも言える。

「法律や監督官庁によるある程度の制約も必要だ」と私は思っているが、何より、ネットシステムそのものが完璧でない事、情報漏洩の危険性を常にはらんでいる事、加えて悪意の利用者がいつも餌食を探している事を肝に銘じ、「ここまでだったらOK」という一線を決めた上で利用すべきだろう。あまり好きではないが、まず疑って掛かる、という事もネット利用には必要なのかもしれない。

【文責:知取気亭主人】

  
紅梅

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