2014年4月2日
ついこの間年始の挨拶をしたばかり、と思っていたら、早いものでもう4月である。4月と言えば、春、芽吹きの季節、そして人の移動シーズンでもある。この頃は、児童・生徒や学生の入学・進級といった一大イベントが行われ、日本人が好む桜の開花時期と相まって、総じて華やいだ雰囲気を楽しむ家庭が多い。一方、社会人、取り分けサラリーマンにとっては、移動や転勤が集中的に行われる慌ただしい季節でもある。そして、学生を卒業して新社会人となる新人が、数多く世の中に出るのもこの季節である。
新社会人のデビューは、大概の場合入社式である。4月を待たずに実施したところもあると聞くが、新入社員を迎える多くの企業では、この3月31日の月曜日や4月1日に入社式を行った会社が多いと思われる。そして、その入社式が終われば、社内でやるか社外でやるかの違いはあれ、数日から数週間に及ぶ新人研修に入るのが大方の流れだ。ただ、医師の様に2年以上の臨床研修が義務付けられている職業(医師法第16条の2)もあり、研修期間は職業によっても企業によっても異なる。
入社式は、これまで親の庇護のもとに生活してきた学生にとって、「学生だから……」で許される“遊び代”が、消えて無くなる瞬間である。そして、否応なしに、「社会人だから……」で許される“遊び代”など殆ど無い生活に入っていく瞬間でもあり、よく言われる「社会人としての義務と責任」が、その日から問われるようにもなる。
野球に例えれば、趣味でやっていたアマチュア野球から、この日を境に、自分の食い扶持は自分で稼ぎ出すしかないプロの世界に身を投じた様なものである。しかし、直前まで“遊び代”タップリの中で生活してきた若者が、“遊び代”が殆ど無い生活に瞬間移動するわけであるから、不安や戸惑いが一杯であることは想像に難くない。勿論、それ以上に“夢と希望”を持っているのも想像に難くない。
そんな新人が、足を踏み入れた業界で一人前に育っていくには、どうしても先輩の適切な教育・指導が必要不可欠である。一昔前の「俺の後姿を見て覚えろ」的な指導では、「滅私奉公」が死語となってしまった今の時代、一人前に育てるのはなかなか難しい。“手取り足取り”とまでは言わないまでも、矢張り、適切な新人研修とその後の息の長い指導は、今の時代どうしても必要な新人教育であると言っていい。
ただ、そんな今時の新人には、研修や直接的な指導とは別に、不安や戸惑いを払拭できるようなアドバイスや、これまでの経験に裏打ちされた“道しるべ”の様なものを示してやる必要があるのではないかと思っている。それは、新人ばかりでなく、一人前になる前の若手にも総じて言えることである。一人前になるには自ら進んで学ぶ姿勢が大事で、最終的に本人の自覚に大きく左右されるからである。当然、研修や指導を受ける際の心構え、仕事を続け覚えていく際の姿勢にも大きく影響することになる。
本屋の棚には、成功するためのノウハウ本を中心に、そんな類のビジネス本が数多く並んでいる。しかし、研修医を例に研修期間の違いを示した通り、プロの職業人になるには、職業毎に身に付けなければならない技術や技能が違う。視点も違う。ところが、我々が身を置く土木業界の若手に焦点を当てた本は、これまでほとんど出会ったことが無かった。そんな時、紹介されたのが「土木技術に魅せられて 若手技術者に伝えたいこと」(右城猛著、理工図書)だ。著者自身が現役の土木技術者で建設コンサルタントの社長ということもあって、そのものずばり、土木技術者を対象に書かれている。“我が意を得たり”の本だ。
本の内容は、著者のこれまでの多岐にわたる体験が中心になっているが、同じ業界に身を置く者として、その体験談は読むものを飽きさせない。基本的に、仕事に取り組む姿勢が素晴らしいのだ。著者のこの真摯な仕事に対する姿勢は、若手にとって、何よりの手本になるに違いない。その発想も行動力も、見習うところが多い筈だ。本の副題になっている「若手技術者に伝えたいこと」の第一は、きっとこの取り組み姿勢のことだろう。しかし、同じ業界に身を置いているとは言うものの、恥ずかしい話、この歳になっても怠け癖が抜けきらない私とは月とスッポンである。
「若手技術者に伝えたいこと」の第二は、多分、本の後半に書かれている内容だ。ホンダの副社長を務めた藤沢武夫(1910〜1988)の名言、「経営者は、一歩先を照らし、二歩先を語り、三歩先を見つめる」で言えば、一歩先が第一の基本姿勢、二歩先が少し具体的な内容に踏み込んだ本の後半、ということになるだろうか。そして、この本を読んで感じ、実行した結果見えてくるのが三歩先、ということではなかろうか。私はそのように読み取ったのだが、果たして著者の意図はどうだったのだろうか?
意図は兎も角として、43章からなる本全体の中で、伝えたいことの第二と思われる後半、36章から最終章までが、若手土木技術者には繰り返し読んでもらいたいところである。「マニュアル依存症の技術者が増えている」とか、「設計と地盤調査と言った分業の弊害が表れている」、或いは「パソコンは技術者を白痴化させる原因になっている」など、土木業界の現状に苦言を呈しているが、若手技術者にとっては耳の痛い話ではないかと思われる。土木に限らず、耳の痛い話は、自分を見つめ直すきっかけになるから、どんどん読むべきだ。また、著者が研修会の講師をするときに話している、という「土木技術者の心得」は、手帳に書き写して持ち歩いても良いほど示唆に富んでいる。
いずれにしても、若手土木技術者必携の本である。
【文責:知取気亭主人】
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土木技術に魅せられて 若手技術者に伝えたいこと
【著者】右城猛
【出版社】 理工図書
【発行年月】 2013年11月
【ISBN】 978-4-8446-0813-4
【頁】 195P
【本体価格】 \1,800(税抜)
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