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知取気亭主人の四方山話
 

『意図が伝わる名前、伝わらない名前』

 

2014年7月30日

つい先日、今世間を騒がしている“ある名前の変更”がニュースとなった。先月東京池袋で車が歩道を暴走して8人が死傷した事件の際、犯人が吸引していたとされる薬物に関する名前の変更だ。具体的には、池袋の事件の時もそう呼ばれていたこれまでの「“脱法”ハーブ」から、「“危険”ハーブ」に呼び方を変える、というものだ。どうして変えたかと言えば、以前の名前が余り宜しくなかった、ということに尽きる。

そもそも、「脱法」という言葉自体、私にはあまり馴染みが無い。加えて、「麻薬」や「覚せい剤」と違い、「それを使用すると法律違反だぞ」という意識を与えるにはメッセージ力は弱く、犯罪抑止効果はあまり期待できそうにない。また、次女によると名前を聞くようになって10年位は経つというのだが、興味が無かったせいか私の記憶には残っていない。それだけ印象が薄い、という事なのだろう。勿論、取締りの関係者やメディアなど、一部の限られた人たちの間では普通に使われていたとは思うが…。

ところが、これを吸引して多数の死傷者を出した、池袋の様な事故や事件が多発するようになり、俄かに表舞台に躍り出てきた。他にも、「脱法ドラッグ」などもニュースに登場して、知らぬ間に「脱法」が市民権を得始めた感がする。しかし、意識が朦朧としたり、幻覚作用に襲われたりするなど、「吸引者が直接事故や犯罪の加害者になる可能性がある」という意味においては、「覚せい剤と同等か、それ以上に危険性が高い」と思うのだが、残念ながら、「脱法○○」ではその危険性は殆ど伝わってこない。また、使用する側にも販売する側にも、違法性を認識させるには今一つ響きが弱い。

手元にある国語辞典に依れば、「脱法」とは、「法律の条文の隙をついて、悪いことを行うこと。法網をくぐること」とある。つまり、法律には触れないが悪いことをしている、ということである。“悪いこと”だとすれば、「違法ドラッグ」とか「違法ハーブ」とすれば良さそうなものだが、「脱法ハーブ」として使用されている化学物質は、次から次へと新しい物が合成されていて、事件・事故が起こったその時点では違法物質として指定されていない為、「違法○○」では“正確”ではないらしい。法律で取り締まる規制と新しい合成物質との“いたちごっこ”だという。

確かに、“正確さ”を期するのは必要なことだとは思う。しかし、折角“正確さ”を期して付けた名前でも、その危険性や命名の意図が伝わらなければ、本末転倒だ。残念ながら、これまでは本末転倒だったのだろう。「脱法ハーブ」という言葉自体は広く知れ渡ったが、意図するところは上手く伝わらなかったらしく、興味本位で吸引する未成年者も多いらしい。薬学部の大学生などが中学や高校で「脱法ハーブ」の危険性を講義したとのニュースの中では、「危険性を初めて知った」と感想を述べる多くの生徒がいる。それほど、「脱法○○」では危険性が伝わり難かった、ということである。その辺りのところを警察庁や厚生労働省も理解していて、今回の改名に至ったらしい。

では、今回改名された「危険○○」ではどうだろうか。新聞報道(7月23日、朝日新聞朝刊)に依れば、延べ7,972人が寄せた新名称から選ばれたというが、申し訳ないけれど、今回の「危険○○」でもそれほど意図が伝わるとは思えない。“危険”という言葉は、「危険を顧みず…」とか「危険を冒してまで…」などと使われている様に、都合良く解釈すれば、「危ないことだけど、違法なことはしていない」という概念に捉えられ易い。それより、「危険だから手を出すな!」の意図とは逆に、“危険”という言葉に含まれる、未知への冒険心をくすぐる響きが、気になってしまう。血気盛んな若者には、「少しぐらい危険でも、ちょっとやってみようかな」と思わせてしまうのではないか、と危惧しているのだ。

「脱法○○」でもなく「危険○○」でもないとしたら、何と名付けたら良いのだろうか。私は、「それを吸引したり、販売したりするのは犯罪である」というのがもっとストレートに伝わる表現にすべきではないか、と思っている。具体的には、既に使用されている中で、下手をすると廃人になるという恐ろしいイメージの強い、「麻薬」や「覚せい剤」の範疇に入れてしまう事だ。もし“正確さ”に欠けるということであれば、「危険である」を前面に押し出して「毒薬」でも良いのかも知れない。それくらい強烈でないと、意図やメッセージはなかなか伝わらない、と感じている。

何故伝わり難いかと言えば、「脱法○○」や「危険○○」は、○○に色々な言葉を当てはめることが出来る為、汎用性が有り過ぎて、伝えたい意図がぼやけてしまう。加えて、対象範囲を限定している筈の○○に、これまた一般的にも良く使われ、その上何を示しているのか正確には理解し難い外来語が使われていては、意図は益々ぼやけてしまう。もっと具体的にイメージできる呼称の方が、意図は伝わり易い。「危険な生物」と言われるより「毒蛇」と言われる方が、より身の危険を感じるのと同じだ。

しかし、例え直接的な名前にしたとしても、防犯の効果は限定的である。もっと根本的に取り締まる事は出来ないものだろうか。例えば、薬と同じ様に、ハーブと名の付く物は全て許可を得なければ販売できないようにする、とかである。自然由来であれ、合成であれ、兎に角全て事前審査・検査と登録が必要とするのだ。厚生労働省も「危険ハーブ」に含まれる薬物を「医薬品」として位置づけ、「薬事法」で取り締まることを検討しているというが、それくらいしなければ多分無くならない。何せ、「脱法」の名の通り、「法の網をくぐり、法律の条文の隙をついて、悪いことを行っている」との意識は、多分あるのだから…。

【文責:知取気亭主人】

  
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