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知取気亭主人の四方山話
 

『貨幣大試験』

 

2014年11月5日

皆さんは、「貨幣大試験」と呼ばれる、ユニークな試験があることをご存じだろうか。「貨幣」が付いているからと言って、これまで日本で発行された全貨幣についての知識を競う、かなりマニアックな試験、ではない。さりとて、大黒様が肩に掛けている大きな袋の中に入っている金額を当てる、お伽噺の世界に遊ぶ試験、でもない。勿論、「良い仕事をしていますね!」と鑑定して、古銭の売買価格を当てる鑑定試験、でもない。

私もつい最近知ったばかりなので、エラそうなことは言えないが、チョッとばかり知ったかぶりをご披露すると、「貨幣大試験」とは、毎年度、前回の大試験以降に製造された貨幣の量目(重さ)や品位に大きな狂いはないか調べる、財務省主催の試験のことである。正式には「製造貨幣大試験」と言うらしい。

国が主催するいかめしい試験となれば、「そもそも、“大試験”の前に付いている“貨幣”とは何ぞや」と訊きたくなる訳だが、私が何時も頼りとする国語辞典(旺文社、第八版)に依れば、貨幣とは「商品交換の仲立ちとなり、物の価値の尺度、支払いの手段として社会に流通するもの。硬貨と紙幣がある。おかね」、と予想通りの説明がされている。これを素直に受け取れば、貨幣には“硬貨”と“紙幣”があるのだから、「貨幣大試験」と呼ばれるからには“硬貨”も“紙幣”も対象になる、と考えるのが自然である。

ところが意外や以外、大試験の対象は“硬貨”だけだという。どうやら、大試験に使われている「貨幣」という言葉は、“補助的なおかね”としての色合いが濃い“硬貨”のみを指すらしいのだ。私がいつも頼りにしている国語辞典の説明とは、明らかに違う。調べてみると、それには歴史を感じさせる理由がある事が分かる。

先月の10月27日に行われた今年度の「製造貨幣大試験」は、第143次である。この回数だけを見ても、長い歴史を持つ試験であることが分かる。第1次は明治5年(1872年)に行われたというから、明治維新直後には早くも始まっていたことになる。そして、【次数=回数】だと素直に解釈すれば、先の大戦中も途切れることなく実施され続けたことになるから驚きだ。

調べてみると、明治政府は明治4年(1871年)に新貨条例を公布し、これにより金(銀)本位制が採用される事になったのだが、金貨不足から銀貨の利用が続いたらしく、第1次の大試験で対象となった貨幣は、これらの金貨および銀貨だったという。試験は量目(重さ)および品位について行われ、第1次試験以来、毎年度欠かすことなく実施されている。では、どうしてそのような大試験が行われるようになったのだろうか。多少私の推察は入るが、次のような経緯だったと考えられる。

鎖国政策を取って来た江戸時代が終わり明治に入ると、西欧を始めとする諸外国との貿易が盛んになって来た。貿易には必然的に“おかね”が動く。輸出も輸入も、である。その時、輸入の代金として日本が製造した貨幣で支払うことになるのだが、取引先の外国からすると、封建制度を捨てて初めて世界の貿易市場に登場してきた日本という国の貨幣が果たして信用できるものなのか、と疑念を持つのは当然の流れである。また、維新前後の日本では、貨幣制度そのものが乱れていたのも事実らしい。そういった疑念や混乱を払拭するためには、言い換えると、日本の貨幣が国際的に信用を得るためには、公的機関が、貨幣の量目および品位が適正に造られている事を、第三者に示す必要が有ったのだ。そこで、製造された貨幣の中から、定められた方法で、毎年度、「製造貨幣大試験」が実施される事になった訳である。

この様な時代背景から、「貨幣」とは、明治が始まった頃の金や銀の本位制時代の中で、元々「本位貨幣」(一定量の貴金属を含み、実質価値と標記額面とが等しい貨幣)を表していた言葉だったのだ。つまり、貴金属を含有する硬貨のみを指していたことになる。そして、現在の日本における法令用語としての「貨幣」も、このことを反映して硬貨のみを指していて、「紙幣」や「銀行券」とは区別されているのだという。確かに、貨幣を製造している造幣局のホームページ(http://www.mint.go.jp/)を覗いてみても、「紙幣」などは一切出てこない。この様に、政府が使う場合の「貨幣」という言葉は、国語辞典で説明される一般的な意味とは一線を画しているのである。

ところで、時代が移り、昭和6年(1931年)以降世界各国で金本位制がとられなくなると、日本でも、昭和7年(1932年)を最後に、記念貨幣を除き金貨の製造は行われなくなる。すると、必然的に、それまでの“貴金属の価値”に代わって信用できる“何か”が必要になってくる。言い換えれば、貨幣価値の保証である。現在は、言わずと知れた発行者である政府を信用して使用している。その信用が崩れると、最近ではギリシャに代表されるように、自国のみならず、世界の国々が大きな影響を蒙ることになる。信用失墜の原因は、国家財政への懸念である。

翻って、我が日本はどうだろうか。考えたくもない事だが、どうしても「財政破綻」が頭をよぎる。そろそろ、「貨幣大試験」ならぬ「財政大試験」が必要だと思うのだが…。

【文責:知取気亭主人】

  
スギゴケ
 

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