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知取気亭主人の四方山話
 

『嗅覚』

 

2018年10月24日

ガレージのシャッターを開けると、突然その嫌な臭いが漂ってきた。ペンキのような、でもちょっと違うような、鼻に付く何とも言えない嫌な臭いだ。先週シャッターを開けた時にはこんな臭いはしなかった。物置と化したガレージの中を一瞥しても、臭いの元が分からない。奥に進み目を凝らして探していると、酷く錆び付いた缶を見つけた。防腐剤クレオソートの缶だ。アッこの臭いだ、と直ぐに犯人が判明した。置かれた場所のコンクリートを見ると、僅かだが薄茶色の液が広がっている。底の溶接部分が錆びて薄くなり、耐えられなくなって中身が漏れ出したらしい。

あることさえすっかり忘れていた缶だ。10年以上前に使ったきり下に置いたままにした上に、大雨が降った時など溢れた側溝の水が入り込むことがあるガレージだから、錆びても仕方がない。とは言うものの、この強烈な臭い、ガレージの中に長時間はいられない。目も痛くなりそうだ。しかも、放っておけば、漏れる量は確実に増え、近所迷惑になる事は明らかだ。そんなことができる筈もなく、その日のうちに新しい空き缶を買い求め、移し替えることにした。

屋外の草地で移し替えたのだが、手元で嗅ぐとやはり強烈な臭いだ。移し替えるのに要した時間は僅か1〜2分、その上ビニール手袋をはめ直接手に付かないように細心の注意を払っていたにも拘らず、手袋を脱いでも臭い。洗ってもダメだ。風呂に入り丹念に洗って、やっと臭いがしなくなった。何とも強烈なにおいだ。やれやれと安堵しながら湯船に浸かり、指先の匂いを嗅いでいると、ふと疑問が湧いてきた。何故クレオソートの臭いを嫌な臭いだと思うのだろう、もっと言えば、好きな匂いと嫌な臭いはどうやって区別しているのだろう、という素朴な疑問だ。

人工の臭いは嫌いで自然の匂いは好き、ということでもない。自然由来でも、カメムシやウスバカゲロウの成虫の臭いはとても好きになれないし、殆どの人は嫌悪感さえ覚えるだろう。反対にケーキなど人工的に創り出された甘い匂いは、多くの女性と子どもの心をつかんで離さない。だから、自然だから好き、或いは人工だから嫌い、という訳ではなさそうだ。

それでは、食べられる物とそうではない物との違いか、というとそう単純ではなさそうだ。代表的な例では、トロピカルフルーツの王様とも言われることのあるドリアンだ。ホテルへの持ち込みが禁止されているほどだが、好きな人にとっては格別美味しいという。また日本一臭い食べ物としてよく引き合いに出されるクサヤも、臭いは強烈で、あの臭いは好きではないが食べるのは好き、という人は結構いる。

それとは反対に、良い香りの花を付ける植物でも、毒があって食べられないものもある。早春に良い香りを辺り一面に漂わせる沈丁花もそうだ。香木として高値で取引される沈香のような良い匂いがして、丁子(ちょうじ、クローブ)のような花をつける木、という意味のこの木は、全体が有毒で食べられないそうだ。だとすると、単純に「食べられる、食べられない」で、好きな匂いと嫌な臭いを分けている訳ではなさそうだ。ではどうやって、好き嫌いが決まるのだろう。

それは、人類が生きてきた長い歴史の中で身に付いた、生き残るための術だったのではないか、と思っている。言い換えれば、我々人間に刷り込まれた能力、とも言える。例えば、我々が生きていくためには、炭水化物やたんぱく質、脂質などが必要だ。炭水化物には、体内に吸収されてエネルギー源になる「糖質」が含まれている。その「糖質」を簡単に効率良く摂れる自然界の食べ物と言えば、蜂蜜や果物などがすぐ思いつく。そうした食料が動物に出す“食べ頃サイン”は、甘い匂いと見た目の華やかさだ。そうしたサインを繰り返し経験することによって、甘い匂いのするものは食べられる→美味しい→良い匂い→好き、となっていったのではないだろうか。

また、たんぱく質や脂質の代表食料は、遺跡から数多くの骨が発掘されているように、鳥獣や魚類であることは今も変わらない。恐らく、最初は新鮮なこれらの肉と、食べられない腐った肉を、臭いと見た目で見分けていたのだと思う。やがて、火で調理することを覚えると、生食より美味しいことを学んだ筈である。火での調理はまず焼くことだったと思う。焼肉は現代人でも大好きな人が多い。好きな人は、焼き肉屋からこぼれてくる匂いだけで、食欲中枢を刺激される。焼肉→美味しい→良い匂い→好きな匂い、と刷り込まれていったに違いない。恐らく、サンマに代表される焼き魚も同じ流れなのだと思う。

このように、好きな匂いは長い時間をかけて人間に刷り込まれたものではないか、と思う。では嫌いな臭いはどうしてと言えば、同じように、刷り込まれたものだろ。食べられなかった食材の臭いだったり、そうした食材に似たような昔には無かった臭いだったりしたのではないか、というのは容易に想像がつく。冒頭のクレオソートも昔には存在していない。そう考えると、「クサヤは良い匂いだ」と思えるには、どれくらいの時間必要なのだろう。数千年か、それともそれでも足りないか? 恐らく、後者だと私は思うのだが…。

【文責:知取気亭主人】

キンモクセイ
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