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知取気亭主人の四方山話
 

『七五三』

 

2018年11月14日

お蔭さまで、この四方山話が、今回で節目の800話目を迎えることになった。コツコツと積み重ねること凡そ15年半、まさにチリも積もれば、である。自分で言うのもなんだが、目出度い話である。そこで今回は、そんな四方山話の節目に合わせ、同じような節目の話題を提供しようと思う。尤も、こちらは人生にとっての節目である。

さて、11月15日は何の日かご存じだろうか。小さな子供がいる家庭なら知っているかと思うが、七五三の日である。子供成長を祝う、あの七五三だ。ただ、今年は15日がウイークデーであるため、11日の日曜日に祝った家庭も多かったことと思う。我が家も、五歳の孫息子と三歳の孫娘のお祝いに、近くの神社に詣でて来た。詣でたというよりは、付添として付録で行ってきた、というのが正直なところだ。八歳の孫娘も同行したこともあって、要するに、いざという時のサポーターとして、である。

関わったという意味では、私よりむしろ家内や(孫たちにとっては叔母さんに当たる)娘の方がタップリと関わっている。何しろ、孫娘の着物の丈直しと着付け、それに髪結いと髪飾りの飾りつけを一手に引き受けていたからだ。前の晩の夜なべ準備も含めちょっとした騒動になったほどだ。孫娘の体に合わせ丈などを縫い直したのは、私の娘たちが七五三の時に家内の母から贈られた着物である。

そんな着物を、ややもするとむずがる孫娘に、「○○ちゃん、お姫様になるんだよ!」と取って置きの声を掛けながら何とか着させ、神社に向かった。一方の孫息子には、端から和装をやめ、お気に入りのスーツ姿で詣でることにした。もう一人の孫娘も、ちょっぴりおめかし程度の普段着での参加だ。その三人は、神事に関しては興味がない筈なのに、それなりに神妙に祝詞を聞きお祓いを受けていた。お祓いが終わり向きを変えた神主が、そんな三人を見ながらこんな話をし始めた。

「名の通った大きな神社よりもうちの様なこじんまりした神社の方が良いですよ。何と言っても、大きな神社はたくさんの子供の代表者しか名前を呼ばないし、玉串奉納も代表者だけ、そこにいくとうちは名前を呼ぶのも玉串奉納も一人一人です」など、自虐的ともとれる自慢話に続けて、「今でこそ七五三を祝う風習が定着しているが、私の小さな頃は行われていなかった」と言うのだ。その体型と顔の皺から察するに、恐らく私と似たような年齢だ。いわゆる団塊の世代だろう。

確かに、私も七五三を祝ってもらった記憶はない。何せ終戦後10年も経たない時代である。日本全体が、金も無いし食う物も無い、子供の祝いよりも食うのが先の時代であったから、余程裕福な家庭でない限り祝う余裕がなかったのは当然である。ところが、5歳下の家内は祝ってもらったという。勿論家庭の状況が違うのもあっただろうが、この僅か5年の歳の差も大きいような気がする。私が生まれた翌年(1950年)に朝鮮戦争が起こり、“朝鮮特需”とも“いとへん特需”とも言われる好景気が、その後の日本の目覚ましい復興に勢いを付け、やがて物心両面で子供の成長を祝う余裕をもたらしてくれたのだろう。

手元にある飯倉晴武編著『日本人のしきたり』(青春出版刊、2007)によると、現代の七五三に関する慣習、特に11月15日に祝うようになったのは、江戸時代、特に徳川綱吉の時代以降に定まっていったものらしい。ただ、ことの起こりは平安時代とも室町時代とも聞き、元々は「七歳までは神のうち」と言われるほど乳幼児の死亡率が高く、七歳まで無事に育ってきたことを神様に見せて感謝する意味合いがあったという。確かに、我が家の系図を調べてみると、明治・大正・昭和初期の頃でも、たくさんの乳幼児が亡くなっていることに驚かされる。私が生まれた頃の昭和の20年代でもそうなのだから、江戸時代以前であれば「七歳までは神のうち」の感覚も良く理解できる。

医療技術が発達した現代でも、病気や事故で亡くなる乳幼児は後を絶たない。そういうことからすると、節目となる七五三の祝いは、たとえこの先どんなに医療技術が発達したとしても、意味のあることかもしれない。

節目と言えば、我々団塊の世代にも、もうすぐ節目がやってくる。しかも巷では、くだんの七五三のようなお祝いムードではなく、迷惑ムードで迎える節目だ。世に言う「2025年問題」である。2025年になると、団塊の世代全員が後期高齢者になる、つまり75歳以上になるのだ。確かに、年金・介護など、現役世代にお世話になることばかりである。しかし、ちょっと立ち止まって考えてほしい。これまでは支える側で頑張ってきた時代もあったのだ。今もチョットは頑張っている。それを思えば、「お祝いムードで宜しく!」とまでは言わないが、せめて笑ってその節目を迎えてもらいたいものである。

そこで、だ。私の提案だが、迷惑ムードをお笑いムードに変えるために、2025年にこだわらず、75歳になった日を「ジージ・バーバの七五さん」として盛大に祝ったらどうだろう。勿論、費用は子供持ちである。宜しく!

【文責:知取気亭主人】

風が吹くと葉っぱが落ちる。まるで頭の様…
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