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知取気亭主人の四方山話
 

『被災地の読書会』

 

2019年3月13日

11日の月曜日、今年もまたその日がやって来た。8年前、東日本大震災が発生(2011年3月11日)した、その日だ。当日が近づくにつれ報道各社はこぞって特集を組み報じていたのだが、そうした番組で改めて津波の映像を見ると、あの惨劇が昨日の事の様に蘇ってくる。想像を絶する被害に、当時は、「何日になったら復興できるのだろう?」と、ただそればかりを案じていた。果たせるかな、8年経った今、報道されるその内容は「復興未だ至らず」の論調が多い。中でも、人口減少に悩む被災地の苦悩を扱ったニュースが目に付く。

例えば、日本経済新聞(以下、日経)の3月10日の朝刊によれば、震災前の2010年に比べると、発災から4年経った2015年の主だった被災地の人口増減率は、津波被害の大きかった沿岸部とそうでなかった内陸部で際立った違いを見せている。下記の表は、国勢調査の結果を基に、日経が掲載したデータを一覧表にしたものだが、津波被害のあった沿岸部は大きく減少している一方で、内陸部では逆に増加しているところもある。

被災地の読書会-01

南海トラフ地震の逼迫性が叫ばれて久しい私の故郷静岡県でも、東日本大震災以降沿岸部から内陸部に工場を移す企業が多いと聞いていたが、恐らく東北ではその傾向が一層強いのだろう。ところが、同じ日経の11日朝刊には、もっと衝撃的な減少実態が載っていた。福島第一原発事故によって帰宅困難地域を抱える自治体 (表以外には、飯館村、南相馬市、葛尾村がある) の現状だ。帰りたくても帰れない、その悲惨な状況を次表からは読み取ることができる。この表に示された自治体ばかりでなく、県全体で見ても福島県は全国平均の減少率0.8%を大きく超える5.7%、岩手県も3.8%の減少率だという(2010年と2015年の国勢調査比較)。

被災地の読書会-02

そうした被災地の厳しい状況の中、直接的な復興とは異なる一風変わった、「生きる」意味を伝えるために開かれている読書会があるという。知ったのは、「IBC岩手放送」のネットニュースだ(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190308-00010000-ibciwatev-l03)。復興支援に読書会とは、あまり聞いたことがない。どういう読書会なのか興味が湧き、引き込まれるように読んだ。

記事に依れば、この読書会を立ち上げたのは、岩手県立高田病院院長だった石木さんである。彼自身、職場が津波に襲われ職員12人と入院患者15人が犠牲になった、辛い経験の持ち主でもある。震災の翌朝病院の屋上から見た忘れられない光景と似たものを、ある本の中に見つけたのだという。その本が、読書会で使っている、ユダヤ人の精神科医V.E.フランクルが強制収容所に収監された自らの体験を著した「夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録」(霜山徳爾訳、みすず書房、1971)である。その本の題名を見た瞬間、ハッと気が付いた。買ったまま我が家の本棚で埃を被っていることを思い出したのだ。

被災者に「生きる」意味を伝えられる本とはどんな内容なのだろう、本当に埃まみれになっていた本書を引っ張り出し、土日にかけて一気に読んだ。内容が強烈で、久し振りにブレーキが掛からなかった。これまでにも戦争や捕虜の体験談は何冊か読んだことがあり、戦争の悲惨さはある程度理解していたつもりだった。しかし本書の「解説」として説明されている、アウシュヴィッツを始めとして各国に点在していた強制収容所で行われた惨劇は、目を覆うばかりだ。抵抗することを許されず一方的に行われた虐殺だっただけに、収容された人々は絶望感に苛まれたに違いない。本書の後半に掲載されている写真の数々を見ると、その思いは一層強くなる。

ところが、そうした地獄のような強制収容所生活の中でも、著者は凛として生き、「生きる意味」を見つけて行く。精神科医ならではの視点を持っていたからなのかも知れないが、その発想にはただただ勇気をもらう。石木さんがこの本を選んだ意味が良く分かる。皆さんにも是非読んでいただきたい一冊である。東日本大震災の被災者に限らず、このストレス社会に暮らす我々にも、「今を生きる意味」がつかめるかもしれない。

では最後に、心に残った文章を紹介して、本話の〆とする。「心の傷を治療するには、ふたたび未来や未来の目的に目を向けることが効果を持つ」

【文責:知取気亭主人】

夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録 「夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録

【著者】V.E.フランクル
【編訳】霜山 徳爾
【出版社】 みすず書房
【発行年月】 1985年1月
【ISBN】 978-4622006015
【頁】 216ページ
【定価】 1800円 + 税

※現在、書店では新装版が販売されております。

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