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知取気亭主人の四方山話
 

『廃仏毀釈』

 

2019年4月17日

政府・日銀は、4月9日、2024年度に千円、5千円、1万円の新紙幣を流通させると発表した。20年ぶりのことらしい。同時に発表になった紙幣に描かれる人物は、千円札が北里柴三郎、5千円札が津田梅子、1万円札が渋沢栄一だという。三人とも年寄りには耳に馴染んだ有名人だが、今の若い人にとってはさして馴染みのない人たちではないかと思う。馴染みがないと言えば、世界がキャッシュレス化に向かっている時代であることを考えると、「何で今更新しいお札?」との思いがあって、今回の新札発行は世界の流れに馴染まないような気がしてならない。どうやら、「新元号に合わせて新札発行」という話題作りばかりではなく、深い考えがあっての事らしい。

4月10日の日経新聞朝刊に依れば、日本の現金流通量は世界の中で突出して多いらしい。流通している筈なのに出回っていないお金、俗にいうタンス預金が、紙幣発行残高の約半分、凡そ50兆円もあるとみられるからだ。今回の新紙幣発行の裏には、このタンス預金のあぶり出しを狙っている政府の深謀もある、と日経新聞は報じている。「元号も変わったことだし、この機に乗じていろいろな課題を解決してしまおう」、ということなのだろう。実際には、タンス預金がこれほどまでにあるのは、老後の生活不安など、政府の社会保障施策が信用されていないことが根本にあるのだが…。

そうした国民の不安はさて置いて、今回の新札発行に留まらず、元号などが変わった事を契機に制度や仕組みを変えてしまおうというのは、古今東西を問わず行われてきた。特に政権が代わったりすると、以前の政権を真っ向から否定することが良く行われてきた。お隣の韓国では、近年でもその傾向が強く、政権が変わる度に前大統領が訴えられて有罪判決を受けるのが恒常化しているようにも見える。

「翻って日本はどうか」と言えば、1945年(昭和20年)の敗戦を境に国民の意識が激変したことは学んで知ってはいるが、韓国ほど激しくはないように思える。ところが今から150年ほど前、日本にも韓国と同じように、いやそれ以上に激しく、それまでの社会制度を真っ向から否定したことがあった。明治維新(明治元年は1868年)である。

良く知られているように、日本史における政治的革命とも言われる明治維新によって、政治制度はガラリと変わった。それまで長らく続いた武士社会は完全に否定され、王政復古の大号令の下天皇親政に戻った。戻ったと言っても勿論平安時代に逆戻りした訳ではなく、政治的、経済的、社会的には、今に繋がる近代化をもたらしてくれた。ところがその過程で、貴重な文化財や歴史的建造物に多大な損害を与える蛮行が行われていたことは、あまり知られていない。私も、高校の日本史で教えられている筈なのだが、その言葉だけが記憶として残る程度だ。その蛮行とは、「廃仏毀釈」である。

廃仏毀釈とは、それまでの日本は独自の宗教観で神仏習合を受け入れ、仏教寺院と神社が共存していたのだが、1868年に出された神仏分離令によって、寺院・仏像・経巻・過去帳・僧尼・仏教徒など、仏教にまつわるあらゆる物に対して行われた破壊や迫害行為のことである。「廃仏」はその字の通り仏を廃し、「毀釈」の「毀」が「けなす」とか「こわす」という意味の漢字であることから、「毀釈」は釈迦の教えを壊すという意味を示している。その廃仏毀釈の具体的な破壊活動を、平成の時代が終わろうとしている2018年(平成30年)、表舞台に蘇らせてくれた本がある。鵜飼秀徳著「仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか」(文春新書、2018)である。

本書に依れば、こうした思想が表面化してくるのは尊王攘夷の嵐が吹き荒れた江戸時代末期からで、特に明治維新を担った薩長による新政権が神仏分離令を発布すると、それまで仏教によって圧迫を受けてきたと思っていた神職者や思想家たちは、廃仏毀釈を徹底して行っていったという。本書に描かれたその激しさは、イスラム原理主義組織タリバンがアフガニスタン中部バーミヤン遺跡群の大壁仏を破壊した蛮行を彷彿とさせるほどだ。憎しみがあるとしか思えない。

こうした破壊活動によって、日本全国でおびただしい数の貴重な仏像、仏具、寺院が破壊されたという。本書の「はじめに」に書かれている次の文章を読めば、その損失が計り知れないことが分かる。

「廃仏毀釈によって日本の寺院は少なくとも半減し、多くの仏像が消えた。哲学者の梅原猛氏は、廃仏毀釈がなければ国宝の数はゆうに三倍はあっただろう、と指摘している。(原文のまま)」

廃絶された中には、元々の存在すら俄かに信じられない寺もある。神道の大元締め、伊勢神宮ゆかりの巨大寺院だ。詳細は本書を読んでいただくとして、寺の名前を「神宮寺」という。この神宮寺の件も含めて、初めて知ることばかりだ。その中で特に引っかかったのが、奈良に於ける廃仏毀釈のキーワードである。「文化財破壊」だという。何だか思わず手を合わせたくなってくるのだが…。


【文責:知取気亭主人】


仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか 「仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか

【著者】鵜飼 秀徳
【出版社】 文藝春秋
【発行年月】 2018年12月
【ISBN】 978-4-16-661198-0
【頁】 256ページ
【定価】 880円 + 税

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