2019年8月28日
愛知県美術館などを中心に8月1日から75日間の日程で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」は、開幕から僅か2日後の3日夕方、「表現の不自由展・その後」と題して始まった企画展を、突然中止すると発表した。芸術祭実行委員会会長の大村愛知県知事が、記者会見で明らかにしたものだ。日韓問題の象徴ともいえる「慰安婦を象徴する少女像」などの展示に対し、抗議の電話や脅迫文が送り付けられるなどして安心・安全を確保するのが難しい、というのが中止の理由らしい。
北陸中日新聞によれば、これに対し企画展の実行委員会は、主催者が一方的に中止を発表するのは暴挙だ、として抗議声明を出したという。確かに、企画展の実行委員会と話し合いすることなく中止されたとすれば、如何なものかと思う。それにしても、表現の自由の名の下、いかがわしい写真集や雑誌は子供にも目に入るような所で堂々と売られているのに、こうした政治色のある表現に関しては自由を認めず脅迫までして中止させようとする、そんな風潮が漂い始めていて、何となく薄気味悪い。
この「表現の不自由展・その後」の騒動ばかりでなく、最近は色々なところで対立の構図が目立っている。例えば世界に目をやると、国同士がいがみ合っているケースが結構多く、代表的なところでは米国と中国の貿易戦争然り、日本と韓国の対立然りである。一方、日本の国内に目を向けると、現政権の意見や施策に反対したり、相手国の立場に立って意見を言ったりすると、直ぐに“反日”だとして徹底的にやり込め、相手の意見に対し聞く耳を持たない人たちが増えているような気がする。
そうした風潮は、恐らく対立の代表国として挙げた、米国、中国、韓国の国内でも起こっている事だと思う。更にこうした自国内での対立は、国同士の対立が激しくなればなるほど激しさを増すであろうことは容易に想像がつく。国同士の対立が顕在化すると、否応なしにナショナリズムが台頭してくるからだ。そして、いがみ合いは益々激しくなっていく。
冷静になって考えれば、いがみ合いの原因を解決する糸口は見つかる筈なのに、それができないでいる。どの国も、現政権が自らの政権を維持しようと躍起になっているからだ。そうしたことは政治の世界では至極真っ当なことなのだが、維持しようとすれば、当然なこととして現政権の方針や施策が正しいことを国民にアピールし、国民の支持を得なければいけない。そのためにはおいそれと弱腰を見せられないし、ナショナリズムが台頭してくると、尚更後には引けない状況になって行く。
では、そんないがみ合いを解決するには、どんな方法があるのだろう。そうした難問解決のヒントになりそうな本がある。8月6日付の日本経済新聞の「春秋」欄に載っていた、小手鞠るい著「ある晴れた夏の朝」(偕成社、2018)である。
8人の高校生が肯定派(4人)と否定派(4人)に別れ、広島と長崎に投下された原爆の是非を公開討論する小説である。舞台はアメリカ、そう8人はいずれもアメリカの国籍を持つ高校生だ。主人公のメイは、父がアメリカ人、母が日本人の日系アメリカ人という設定だ。その他にも、中国系、アフリカ系、ユダヤ系等、ルーツが異なる高校生が、自らのルーツにまつわる過去の歴史や第二次大戦時などの出来事を丹念に調べ、それをベースに各人が賛成、反対の意見を述べていく。本当に丹念に、である。そして、激しく相手をやり込める意見陳述もするが、相手の発表を真摯に聞いている。小説とは言え、罵声が飛び交い、時には殴り合いも辞さない大人たちの国会とは、えらい違いである。世界の為政者たちは、彼らを見習った方が良い。
また、何故原爆投下に賛成するか、どうして原爆投下は容認できないか、それぞれのチームが述べる理由には説得力がある。調べ上げた事実に基づいているからだ。相手が調べた、自派に不都合な真実も素直に認めた上で、尚且つ新たに知った真実で相手を論破しようとするプロセスは、ある種推理小説の様でもあり、目が離せない。一気に読めてしまう。そして、原爆を投下された日本人として、ハッとさせられることも多い。中には、原爆においては被害者の日本が、ある時は反対に加害者となっていた事実も登場するからだ。まさに、今の国同士の対立の構図を見ているような気になってしまう。
しかし、今顕在化している国同士のいがみ合いと決定的に違うのは、肯定派も否定派も、どちらも「戦争は悪である」という点では見事に一致していることだ。そうした基本的な共通認識を持っているが故に、時に激しくぶつかり合う両派も、最後は「戦争は悪である」を頼りに落としどころを見つけていく。そうした事もあって、読後は実に爽やかな気分にさせてくれる。
本書の帯には、「第65回 青少年読書感想文全国コンクール 中学の部 課題図書」と書かれている。確かに、中学生に読んでもらいたい、そんな本だと思う。しかし、自国第一主義が世界に蔓延し始め、国同士のいがみ合いが顕在化している今、一番読んでもらいたいのは世界の為政者たちである。そして、抱えている怒りを鎮め、「戦争は悪である」が共通認識であることを再確認し、世界の平和のために未来志向で国のかじ取りをしていってもらいたいものである。
【文責:知取気亭主人】
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「ある晴れた夏の朝」
【著者】 小手鞠 るい
【出版社】 偕成社
【発行年月】 2018/07
【ISBN】 978-4036432004
【頁】 206ページ
【定価】 1,400円 + 税
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