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知取気亭主人の四方山話
 

『目には見えるのに…』

 

2020年2月12日

新型コロナウィルスによる感染が、未だに猛威を振るっている。最初の発症に気が付いたのが昨年の12月だというから、既に2ヶ月経っていることになるが、有効な手立てがないまま今に至っている。11日のニュースでは、死者はサーズ(SARS)の死者数774人(世界保健機関のデータ)を超え1011人に達した、と報じられている。このままの勢いで感染が進めば、今月中には死者が2000人を超えてしまうのではないか、と心配になってくる。また、“クルーズ船内での感染”という現代ならではのリスクも露呈していて、テレビも新聞も、トップニュースはこの新型コロナウィルス関連ばかりである。

その一方で、アメリカではインフルエンザが猛威を振るっていて、米疫病対策センター(CDC)の推計で昨年10月以降の累計で、新型コロナウィルスによる感染を遥かに凌ぐ、患者数2200万人、死者は1万2千人にも達した(https://news.yahoo.co.jp/pickup/6350607)とのネットニュースもある。しかし、日本のテレビや新聞で大々的に報じられている様子はない。猛威を振るっていると言っても、インフルエンザに関しては、既知の感染症であることや、予防接種も含め罹患後の検査・薬などの対策がある程度確立されているからなのだろう。しかし、そうした感染症の猛威ばかりでなく、世界にはもっと深刻な問題を抱えている地域や国がある、筈である。例えば、内戦が続く中東地域などもそうだろうし、2月5日の日本経済新聞(以下、日経)に載った、飢餓の脅威に苦しめられることになるであろう「東アフリカでのバッタの大量大発生」も、“そのひとつ”だと言ってよい。

日経に載っていたのは、「アフリカの角」と呼ばれる地域を中心としたアフリカ東部で、サバクトビバッタが大量発生し農作物を食い荒らす被害が深刻になっている、という記事だ。国連食糧農業機関(FAO)は1月30日、「ケニアでは過去70年で最悪の被害となっていて、同国やエチオピア、ソマリアでは1200万人ほどが食糧危機の状態にある」、と指摘したという。バッタは、自らの体重とほぼ同じ量の農作物や牧草を食べ、1億匹ほどの大群で約150キロメートルを移動するのだという。これが1日の行動だというから恐ろしい。

バッタというと、子どもの頃に読んだ、中国清朝時代の農民の生活を描いたパール・バックの小説『大地』を思い出す。農作物が、ことごとく食い尽くされるシーンが今も脳裏に残っている。後で紹介するが、聖書にもバッタの食害は書かれているらしい。とすると、人間は随分前からバッタに苦しめられ、21世紀になっても未だに苦しめられていることになる。しかし、今の新型コロナウィルスと違いバッタ被害は加害生物が目に見えるのに、なぜ撲滅することができなかったのだろう。目に見えれば打つ手立てもある、と思うのだが…。

とは言うものの、これまでバッタに苦しめられてきた人々が無作為で来た訳ではない。今回も、現地では農薬を散布しているのに、駆除が追い付いていないのだという。また、現地に飛び込んで、サバクトビバッタの被害撲滅の研究に青春を捧げている日本人の研究者もいる。『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書、2017)(以下、本書)という、何とも勇ましいタイトルの本を著した前野 ウルド 浩太郎氏である。倒しに行った先は、日経に載った東アフリカではなく、真反対の西アフリカはモーリタニアである。

本書を読んで初めて知ったのだが、バッタは漢字で「飛蝗」と書く。『新版漢語林』(鎌田正・米山寅太郎著、大修館書店、平成7年)に依れば、「蝗(こう)」の字一文字の「字義」として、「大群が飛び行くときは、太陽も見えず、地に下れば、たちまちに青草が食いつくされてしまうという」と説明されている。この説明からも、アフリカばかりでなく中国においても古くからバッタの食害に悩まされてきたことが分かる。また、本書に依れば、聖書やコーランにも被害の様子が書かれているというから、バッタと人間の戦いは、定住農業開始以来現代まで、ずっと果てしなく続いているということになる。しかし、こんなにも長い間、何故撲滅できなかったのだろうか。そこには、発生源が広大であることや、一旦発生してしまった場合の想像を絶する規模、そしてサバクトビバッタの特殊な生態が、対策を困難にしているのではないかと思われる。

先ほど日経の記事を引用して、「1億匹ほどの大群…」と書いたが、本書に依ればそれどころではなく、「ひとたび大発生すると、数百億匹が群れ、東京都と同じくらいの土地が覆いつくされる」というからもの凄い。恐らくどちらも正確に数えた訳ではなく、「直感としてそんな感じ」程度の数値だろうが、いずれにしても空を覆いつくすほどに違いない。また、サバクトビバッタは、変身する能力を備えているという。

仲間が少ない低密度で発育したものは「孤独相」と呼ばれ、一般的な緑色をしたおとなしいバッタになるのに対し、大量発生した時の様に高密度で発育したものは「群生相」と呼ばれ、活発に動き回り、色も変わって「黒い悪魔」と恐れられているらしい。また、「群生相」は、成虫になると体に対して翅が長くなって飛翔に適した体に変身するのだという。これが100キロメートルとも150kmとも言われる、1日の移動距離の可能にしているのだ。恐ろしい話である。

火星さえも探検してしまおうかというこの現代において、古代文明の時代に悩まされたバッタによる食害が、今なお解決されずにいる。それを思うと、人間の非力さを痛感させられる。やはり、人間は“正しく恐れる謙虚さ”を持ち続けるべきだ、とつくづく思う。


【文責:知取気亭主人】


昭和16年夏の敗戦 「バッタを倒しにアフリカへ」

【著者】 前野 ウルド浩太郎
【出版社】 光文社
【発行年月】 2017/05/17
【ISBN】 978-4334039899
【頁】 378ページ
【定価】 920円 + 税

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