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知取気亭主人の四方山話
 

『時の感覚』

 

2020年3月11日

既に何回も書いているので読者とっては耳にタコの話だが、一昨年の暮れから長男家族と同居していて、毎日三人の孫たちの賑やかな声に元気をもらっている。元気の源は、下から4歳の孫娘、7歳の孫息子、そして一番上が9歳の孫娘である。とにかく三人とも元気だ。中でも、一番下はまだ幼児然としていて、我々大人ばかりでなく、姉や兄からも可愛がられている。末っ子たる所以かも知れない。

8日の日曜日、何をしている時だったかよく覚えていないが、その末っ子に向かって父親が面白いことを言っているのが聞えてきた。「今の〇〇ちゃんはお婆ちゃんの60年前と同じ位の年だよ」と話しかけているのだ。そんなことを考えたこともなかったが、言われてみれば確かにそうだ。間違いではない。「成程ね!」と感心しながら、改めて4歳の孫娘をまじまじと見ていると、高齢者の仲間入りをした家内も60年前はこんなにも小さかったのだ、と不思議な感覚を覚えてしまう。

当然幼い頃の家内は写真でしか知らないから、こうして4歳と65歳を同時に見比べると、4歳の子がそのまま成長している訳ではないのに、不思議なことに無事齢を重ねてきたことが奇跡のように思えてくる。それにしても、こんなに小さな子が大きな大人になるなんて、成長とは神秘的なものである。体つきもそうだが、たまたま孫たちの洗濯物を取り入れていて、並んで干されている大人の物と比べてみた時のあまりの小ささにも、子供の成長の早さを実感させられる。思わず、「60年前はこんな小さくてかわいい服を着てたんだ!」、「そうなんだよね!」と、家内と二人で驚いた次第である。

でも、家内ばかりではない。かくいう私も、またどんな大人も、下の孫娘と同じように小さな時を経て成長している。必ず、である。ただ、大人になってしまうと、体の成長が止まることもあって、その後の自分の成長を実感しづらくなってしまう。そのため、同じ長さだけ歳月が流れても、小さな子供を中心にして考えた時のほうが、“時の長さ”を実感できることになる。例えば、“幼児期から青年期への時間”と“成人になってからの同じ時間”とを比べると、幼いころのほうが圧倒的に“時”を感じることができる。それは、子供は体格も容姿も、そして言葉も考え方も、傍から見ていて手に取るようにその成長が分かるからだ。“時の長さ”というよりは、時間を経ることによって生じる“変化の大きさ”と言った方がシックリくるかもしれない。

変化の大きさということで言えば、丁度この駄文を公開する11日は、東日本大震災の発災から9年目の“その日”を迎えることになる。今年は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、追悼行事は取り止めとなってしまったが、9年という歳月は、復興道半ばであろう大多数の被災者に重くのしかかっている。一体、この歳月は、彼らにどんな変化をもたらしたのだろう。後1年で節目の10年を迎えることになるが、目指した復興は実現できているのだろうか。物事にはすべからく光と影がある。不運にも影の部分に置かれることになってしまった被災者たちは、希望の光を見出せているのだろうか。

そうしたことを知りたいと思っても、発災日が近づいてきたというのに、コロナ騒動の陰に隠れてしまい、いつもの年に比べるとめっきりニュースで取り上げられなくなってしまった。しかし、ニュースで取り上げられなくても、被災地の歳月は、これまでと同じ様に確実に流れて行く。そこで、9年という歳月がどれほどのものか実感するために、被災当時幼かった子供たちが9年経って幾つになったのか、我が家の孫たちと同じ年齢の子を例にとり、確認してみたい。それぞれ三人は、

4歳(幼稚園の年少さん)→ 13歳(中学1年生)

7歳(小学1年生)    → 16歳(高校1年生)

9歳(小学3年生)    → 18歳(高校3年生)

となっている勘定だ。

9年経っても復興は道半ば、という地域が多いと聞く。そういう意味では、復興という道のりにとっては大して長くない時間だったのかもしれない。しかし、子供の成長という視点で9年の歳月を捉えると、ものすごく大きく成長した時である。上の孫娘と一緒の小学3年生の子は、選挙権を得る年齢になっている。こうしてみると、「10年ひと昔」と言われるように、9年という歳月は決して短くはない。

恐らく、11日の当日になればもう少しニュースに取り上げられるとは思う。しかし、如何せん、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっていて、パンデミック寸前まで危機が迫っているため、多くのメディアはこのニュースで持ち切りだ。終息宣言が出されるまでは、仕方がないかもしれない。ただ、そんな中でも、心は被災地に寄り添っていたいと思う。

「寄り添う」ということで言えば、10日のNHKラジオで良い話を耳にした。2020東京オリンピック・パラリンピックの応援ソングとしてちびっ子たちに大人気の歌「パプリカ」、「実はこの歌には東日本大震災の被災地への思いも込められているのではないか」との憶測がSNSで飛び交っている、というのだ。真相は不明だが、歌詞や作者の米津玄師自身が歌うプロモーションビデオに、そう思わせるようなところがあるという。因みに、パプリカの花言葉は「君を忘れない」だという。もしSNSの通りだとしたら、なんて素敵な話だろう。恐らくそうだと思う。いや、きっとそうに違いない。


【文責:知取気亭主人】


沈丁花(花言葉は「勝利」)
沈丁花(花言葉は「勝利」)

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